第73話 ダイアナ①
孤児院の玄関でクロエちゃんを初めて見たとき、また新参者が来た、と思って、思わずため息をついた。
うちの孤児院は、ハッキリ言って貧乏で、食料も衣類もカツカツだから。
◇◇◇
私がローゼンバルク神殿に隣接する孤児院に五歳でやってきた当初は、こんな孤児院に置き去りにされた我が身にウンザリし、この状況の孤児院を放置しているこの領の偉い人を憎んだ。
でも、魔獣討伐後、隣の神殿に報告に来たお館様が、返り血を浴び、痩せて疲れ果てた姿で立ち寄って、
『みんな元気に過ごしているか?』
と聞いたので、
『元気です』
と答えてしまった。
ローゼンバルクはそういう領。偉い人から孤児の私まで、貧乏という点である意味平等な領だった。しょうがないと割り切るしかない(のちに貧乏ではない。見栄をはる性分でないのと、魔獣の大発生に備えて、蓄えているだけだと教えられた)。
「ねえ、ドーマ様、本当に神様っているのかなあ?」
「なんじゃいダイアナ、藪から棒に」
「だって、私たち全然わがまま言わないのに貧乏のままだし、あんなに優しい次期様も、お菓子をいっぱいおみやげに持ってきてくれたミサ様も天国に連れて行っちゃったじゃん! ジュード様、どうなっちゃうの?」
「……ほんとにのう……」
ドーマ様は悲しい顔をして、下を向いた。私がいじめたみたいでいたたまれない。ちなみにドーマ様もガリガリに痩せている。
そんななか、茶色の髪に緑色の瞳のとっても小さな女の子が孤児院にやってきた。たった一つしか違わない六歳と聞いて驚いた。どう見ても四歳くらいでしょ……。
でも、話してみると、使う言葉は大人のもの(とってもカミカミだけど)。
孤児院の責任者で、皆の厳しいお父さん的なネル神官が、
「この子はえーっと、クロエちゃんです。クロエちゃんは子どもですが、大人よりも上手にお薬を作ります。みんな、体が痛いところはないかこれから聞くので、教えてください」
「みんな、よろちくおね……はあ。よろしくお願いします……なんで今噛むかな……」
真っ赤になった顔を両手で覆い、恥ずかしそうにしているこの子は、なんと薬師なんだ!
クロエちゃんの前には行列が出来て、チビたちがお腹が痛いだ、膝が痛いだ訴える。
「えーと、このお腹は……食べすぎだよ? 軽く運動しておいで?」
「ああ、膝のこれは成長痛だわ。大きくなってる証拠」
「ああ、この打ち身は痛いよね。湿布薬を貼ろうね」
「この下まぶたのできものは……ネル神官! ちょっと!……あ、心配しないで! 今日は薬に持ち合わせがないの。すぐに調合して届けてもらうね」
お昼ご飯は、クロエちゃんの持ってきた大量のふかし芋だった。
ふかし芋は珍しくないけれど、個数制限なく食べたのは初めて。男の子たちは久しぶりにお腹いっぱいになっていた。
クロエちゃんも同じ芋を食べながら、神官と難しい顔して話して、メモを取っている。
私は肩から覗き込む。
「何を書いてるの?」
「うん、今日、薬が間に合わなかったものと、常備したいお薬を書き出してたの。帰ったら早速薬草探さなきゃ」
「帰るってここに住むんじゃないの?どこの家の子なの?」
「あ……私ね、ローゼンバルク領主の孫なの」
「お館様の孫? そんな子今までいなかったじゃん! どうして急に?」
「うーん……私の親が……私を育てられなくて、おじい様が引き取ってくれたの」
ああ……標準よりも小さいクロエちゃん。こういう子は孤児院にいくらでもいる。クロエちゃんの親もクソみたいなやつなんだ。
「なんでお館様は、クロエちゃんをほっといたの?」
「違う! ほっといたんじゃないの! おじい様は知らなかったの。おじい様、忙しいでしょ?」
「うわあ、そっかあ……」
ありそうな話に納得した。
クロエちゃんは週一、私たちの孤児院を訪れるようになった。
まずは神殿に行き、参拝者の薬を作り、そのあと孤児院にやってくる。
クロエちゃんのおかげで、うちの孤児院に病人もけが人もいなくなったので、みんなでクロエちゃんの指導のもと、野菜や花、薬草を育てる。
はじめは失敗ばかりだったけれど、やがて自分たちが食べる以上に収穫できるようになり、少しばかり現金収入を得られるようになった。
年末、孤児院全員分の洋服と下着を一式新調したときは、十歳を超えた子どもたちはみんなこっそり泣いた。そしてクロエちゃんも私たちとお揃いの、素朴な同じ服を着ていた。
「ふふふ、みんなの育てたお野菜で買った、お揃いのお洋服、嬉しいね」
それを聞いた私たちは、誰も物を粗末にしなくなった。私たちの労働の証なんだもの。
◇◇◇
私たちの生産は順調だけれども、限られた労力でできることなどたかがしれている。
贅沢はできないけれど衣食は足りて、毎年ちょっぴり黒字だ。しかし大きなものを買えるほどは儲からない。
軌道に乗った農地を見にくることが少なくなったクロエちゃんが、久しぶりに隣の神殿に立ち寄っていると聞いて、押しかけた。
「ダイアナぁ! 今年はいいかぼちゃできたね! スープにして飲んだよ! おじい様もお兄様もおかわりしてた!」
久々のクロエちゃんは見るからに数日お風呂に入っていない様子で、身体中ホコリだらけ。
「そうそう、冬になる前に、窓ガラス全部替えられそうよ! これで少しは寒くなくなるよ!」
「え? どうやってお金を稼いだの?」
「うん、ちょっと、大人用の薬作って、その売り上げからね。あ! もう出発だって。じゃあね!」
クロエちゃんはニーチェの馬であっという間に去っていった。
「……ネル神官、なんでクロエちゃん、あんな汚くて忙しそうなの?」
「クロエ……様はな、なぜ素晴らしい薬を作り、美味しい野菜の育て方を知り、日々汚れを落とす暇もなく走りまわっているかというと、〈草魔法〉使いだからだ」
「〈草魔法〉? クズじゃん! 弱っちい!」
そう言ったあと、ハッと口を閉じた。クロエちゃんを否定するつもりなんてなかった! でも、〈草魔法〉はみんながハズレ魔法って言ってる……。
ネル神官は膝をつき、私と視線を合わせた。
「ダイアナ、クロエ様は〈水魔法〉使いの私よりも、たくさんお金を孤児院にもたらしてくれる。それはクズだろうか?」
必死に働いても、思ったように稼げないことを私は知っている。
孤児院の窓を替えることができるほどのお金をもたらす〈草魔法〉はクズ? ありえない。いくらみんなの憧れる四大魔法でも、金にならない魔法なんて、ここでは不要だ。
「そして、土埃で真っ黒なのは、隣国との国境に強固な草の壁を作って走っているからだよ」
「〈草魔法〉ってそんなことできるの⁉︎」
そして、どうしてそんなことで駆けずりまわってるの?
クロエちゃんは、領主の孫。ここのお姫様なのに。お姫様って、大きなお屋敷できれいなドレスを着て、歌ったりピアノを弾いたりしているものじゃないの……?
「ダイアナ、どうしてだと思う?」
私は一晩考えた。
お薬を作るのも、野菜作りで現金収入を得る方法を教えてくれたのも、危険な場所に壁をたくさん作っているのも……全部、私たちのためだ。
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