第57話 クラスメイト

 王都の中にあって、樹木の多い学校はセミの声が騒音化している。夏だ。早く冷たいエメルとくっつきたい!

 授業が終わり、いつも通り誰よりも早く教室を出ようと立ち上がると、


「く、クロエ、さま」


 小さな声がかかった。顔を上げると、美しい紫の髪をカチューシャで留めた同じクラスの女子だった。確か……ケイトといったか? 姓は覚えていないことから、おそらく有力貴族ではない。この四組は平民が半数だ。


「ケイト様、でしたか? なんでしょうか」


「わ、私の名前を知ってるの?」

「一応クラスメイトですので」


「あの、あなたに、おりいってお願いがあるの」


 このパターンか……。


「薬の依頼でしたら、ローゼンバルク邸の窓口を通してくださいね」


「な、何で?」

「こういった、ケイト様が初めてではないんです。では……」


「待って! お願い! 一刻を争うの! 父が重病なの! どうか薬を!」


「では急いでローゼンバルク邸に連絡したほうがいいでしょう。緊急ですと言えば順番は変えてもらえると思います。では」

 経験上長居は良くない。私は足早に立ち去ろうとした。


「待てよ! 何でそんなに冷たいんだよ! 時間がないって言ってるだろう!」

 脇にいた、友人らしい、黒髪の男子……えっとこのかたはザック・フィドラー子爵令息だったかしら?

 その彼が、私の肩をつかもうとした。


 いけない!


 制服のポケットに入れていた、蔦が一気に成長し、彼の腕に巻きつき捻り上げる。蔦は枝分かれしてスルスルと伸び、かれをギッチリ縛り上げた。

「うわっ! ぐっ……」

「きゃーーあ!!」

 ケイト様が悲鳴を上げた。


 はあ……これで私の穏やかな生活は終わった。ため息が出る。


「ど、どうして……どうなってるの?」

「これは私が襲われたときに自動で敵を捕縛する〈草魔法〉です」

「襲うだなんて! ザックはそんなことしてないわ!」

「私の意に反したことを強制しようとしました」


「そんな……私は本当に困ってて、勇気を出して声をかけたのに!」


「ケイト様、あなたのお父上のことは大変お気の毒に思います。でもこの王都に、たった今、重篤な状態の人、何百人いると思いますか?」

「知らないわよ! こっちはそれどころじゃないんだから」

「……そうですね。あなたのように切羽詰まっている人は、自分のことしか見えていません。その結果、私を誘拐しようとするのです」


「誘拐?」

「私が過去何度連れ去られそうになったかご存知ですか?」


 王都にやってきてから突然襲われるようになった。もちろん『草盾』で跳ね返され自爆して、その都度王都の警備隊に引き渡しているのだが。


 はじめはモルガンの父が犯人だと思って、激怒した。しかし回数を重ねるとそうじゃなことがわかった。

 皆、ある程度の情報を集められる人間には知れ渡った、私の避妊薬をも作れる調剤能力狙いだった。ケイトのように、身内に病人がいるものか、私で儲けようとするものか、どちらか。


「彼らは口を揃えてこう言います。『仕方なかったのだ』と。身内の病気を治すためならやむを得ないのだと。そこに私の人権はありますか? 見知らぬ大人に見知らぬ場所についてこいと問答無用で掴みかかられたら、同い年で同じ女性のケイトさんならどうします?」


「それは……怖い……かも……」


「それに私が女で大人でないことが、皆様の行動のハードルを低くします。頼み込めば、情に訴えれば何とかなると思ってる。私が恐ろしい顔をして筋骨隆々の中年男性であれば、こんなことしないでしょう?」


「…………」


「そしてあなたがたは薬師を知らなすぎる。薬師がどれだけ危険を冒して、材料を集めているか想像したことありますか? 真冬の氷河に大釘を刺しながら滑らぬように歩んで、クレバスの間の薬草を摘み、森に分け入り腕を裂かれながら魔獣を生捕りにして、目玉を抜く。そうして手に入れて作った私の薬、値段がついていないと思ってはいませんよね」


「でも! でも! 父が死んじゃう!」

「ですから、かかりつけの医師の所見と、お金を持って、正規の窓口で調剤受付してください」


「貴族の屋敷に、平民の私が行けるわけないでしょう!」

「そのあたりをそこのザック様にお手伝いしてもらえばいいのではないでしょうか? では」


 私は彼らを置き去りにして教室を出た。誰か一人くらいザック様の蔦を切るナイフをもっているだろう。


 冷たく見えただろうな……と思ったがしょうがない。無尽蔵ではないのだ。薬の材料もお金も私の魔力も。

 客と薬師の間に調整する冷静な人間が入ることがベターだ。私が望みの流れの薬師になれば、そうも言っていられないけれど。


「あーあ」

 馬車に乗り込むや否や、思わず声が漏れた。自分は間違っていないと信じている。穏やかに言えばもっとおいすがられるだけ。

 私は無から無限に薬を作り出せる神ではないし、自分の身を削って他人を癒す聖者でもない。

 でも、今世でもまた、多数の同級生に非難の瞳を向けられて、胸がズキズキと痛んだ。




 ◇◇◇




 夕食後、エメルに〈土魔法〉の訓練の一環で土壌の成分当てをさせられていると、コンコンとノックされた。


「マリア?」

「いえ、ベルンです」


 私は自らドアを開けた。

「クロエ様、こんな時間ですが、薬の依頼です」

「フィドラー子爵令息?」

「はい」

「ふーん」

『さっき話してたヤツか?』

「そう。今日のうちの門番、カイとボリーでしょ? 頑張って声をかけたんだなーって」

 二人とも、熊並にでっかい、生粋のローゼンバルクの私兵なのだ。


『恋の力か? クロエ、羨ましいな』

「べっつに! ベルン、一通り説明した?」

「はい。持参の医師の診断書によると、肝臓が機能していないようです。見立てではもって一年……。クロエ様のご指示通り、緊急案件として、順番を繰り上げました」


「患者の情報は?」

「名前デレク・アルマン、性別男、年齢41、体重86キロ、職業アルマン商会の会長です」


 ベルンから診断書とカルテを受け取り、一通り読む。

「ケイト様、お嬢様だったんだ」

 アルマン商会は扱わない商品はないと言われるほど手広い商売をこの国で展開している。なるほどそこの娘ならば、私の噂も耳に入るか。


「この医師、間違いない?」

「はい。王都の富裕層に入り込んだ医者です。人気商売ですから、きちんとでしょう」

 ならば、診断書を信じていいだろうし……病気を騙った転売目的でもないだろう。

 商人相手ということで、つい用心深くなる。


『肝臓か……ドリュー茸使うの?』

 エメルが肩越しに覗き込む。

「それが間違いないよね。お金持ちなら遠慮する必要もないし。


 ドリュー茸はジメジメした森の奥深くで、陽が落ちる寸前にのみ青白く光って見つけることができる幻のようなキノコ。私がエメルとアタックしても、採取できるのは五回に一回。


「ベルン、ドリュー茸は原価50万ゴールド。今回はひどい症例だし、体重も重いから丸々一本使うわ」

「ということは、売価は150万ゴールド+高所得者のお気持ち代50万ゴールド。計200万ゴールド。いつものルールどおりですね」

「もちろん。あと、お酒をキッパリ止めると署名させて」


 ベルンが彼女たちのもとに戻った。

「はあ……」

 再びため息をつく私を、エメルが慰める。

『ひとたび例外を作れば、なし崩しになる。クロエは間違ってない。薬師の仕事は間違いのない薬を作ることだ』


 しばらくすると、ベルンが戻ってきた。


「どうだった?」

「そんな高額支払えるわけがないと。少々騒ぎ立てられましたので、速やかにお引き取りいただきました」


「あーあ。やっぱり……」

 明日、学校行きたくない。


『クロエ……ベルン、オレとクロエにココアとさくさくのクッキー持ってきて!』

「こんな時間に?……そうですね。マリアに美味しく作ってもらいましょう」


 モヤモヤした気持ちの私を、二人と1ドラゴンがそっと温めてくれた。





※次回は金曜日予定です。

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