第56話 詫び

「自分の身も守れないものを、予想もできない未知の魔法実験現場に無用心にも入り込ませ、ローゼンバルク辺境伯令嬢を危険に晒したことに、辺境伯は立腹している。そして救済のためにその場で我らが辺境伯令嬢のみが動かざるをえなかったことを腹立たしく思っている」


 と言うようなことをホークは王家にネチネチと伝えたらしい。それについての返答はまだない。

 そして私は疲労困憊で倒れたことになっているので、一週間学校を休んだ。





 ◇◇◇




 再び学校に登校するやいなや、放課後シエル様が教室にやってきた。一気に疲労がのしかかった。

「シエル様……もう約束を反故にするおつもりですか?」

 高位貴族の登場に、教室中が注目している。半数が妬み。痛い。


「一度はこうなることを、クロエも予測していたはずだ。頼む!」

 シエル様に頭を下げられ、ますます悪目立ちした私は、急いで教室を出て、結局サロンに向かった。


「クロエ!」

 サロンに足を踏み入れるやいなや、アベル殿下が大股でやってきた。

「クロエ……今回は私の不手際で……すまない……」


 このお方は……すぐ頭を下げてしまう。前世の気位の高かったドミニク殿下とは大違いだ。

「殿下、クロエが困っています。頭を上げてください」

 引きつった顔でシエルがそう言うので、私も頷いてみせた。


 殿下は眉間にシワを寄せて顔を上げ、

「シエル、いつのまにクロエを呼び捨てにしてるの? そもそもクロエを頼ってクロエの庇護の元、見学するなんて信じられないよ」


「私は殿下がおっしゃるように弱い。ですが、将来殿下の側近でいるためには殿下のお力をこの目で見ておきたい。最も安全な方法を考えた結果です。私の判断は間違ってなかったでしょう? さあ、立ち話もなんです」


 どっかの誰かさんと違って……と、暗に言っているようだ。


 私たちはつい先日と同じ配置で座り、お茶を給仕された。


「……私はあの日の実験を陛下には許可を取った。念のため近衛を連れていくように言われたのも、神殿が聞きつけてやってくるのも想定内だった。まさか大神官自ら足を運ぶとは思ってなかったけど」


 殿下が一口お茶を飲み、話しを続ける。


「二日前になって、弟が自分も見学したいと言ってきた。私はシエルに言った言葉を繰り返した。ドミニクは〈土魔法〉でね。王族の遺伝で魔力も多い。ほっとけば強くなれると思っている。その結果、現在レベル26だったかな?」


 これは私は聞いていい話なんだろうか? 26……ゴーシュの子どものかわいいトニーよりもレベル低いんじゃ? 比べても意味ないけれど。


「拒絶されて悔しかったのか、単純に〈光魔法〉への好奇心か、取り巻きを引き連れピクニック気分でやってきた。せめて護衛をつけるという脳もない」


 はあ、と大きなため息を吐く殿下。


「その結果、私に殺されそうになり、己で何一つ判断できず、適性でもない〈土魔法〉を自分よりも使いこなす令嬢に助けられる、という醜態を演じたわけだ。さらに神殿の治癒の力を借りるというお粗末さ。いつもであれば私が〈光魔法〉で癒せたものの、あの時点で私は魔力を使い切っていた」


 私はなんとも言えず、ただ聞いてますとわかるように頷いた。


「はあ……悲しい。こんなに同情のこもった目で見られることなど生まれて初めてだよ。とにかく、今回は本当に申し訳なかった。貴族の令嬢を危険な目に合わせた賠償として……」


 私は両手を突き出して、殿下の言葉を止めた。かなりの無礼ではあるけれど。

「これ以上、私にお聞かせくださらず結構です。後処理に関しては祖父とホークに全て任せています。王家と祖父の落とし所で落ち着けば、私はこれまで同様殿下を遠いローゼンバルクの地から支えていこうという気持ちに変わりありません」


「クロエ……」


「それよりも、『光槍』圧巻でした! 私、言葉を失ったあと、じわじわと興奮しました。力強くも美しい……王者の技そのものでした! ねえ、シエル様?」

「はいっ! お叱りを覚悟して、クロエに頭を下げてついて行きましたが……行ってよかった! 微塵も後悔しておりません! もはやアベル殿下にかなう、我々の世代はおりません。王子という立場でありながら、ここまでの研鑚……忠誠を捧げた主がアベル殿下で、本当に誇らしい!」


「おいおい……二人して……」

 アベル殿下が口元を右手で覆う。


「殿下、発動中魔力はどのように減るのですか? 5分ほども降り注ぎましたが?」


 殿下が前のめりになる。


「最初から全力で放出した。戦場ではなし、温存する意味がないからな。クロエを真似て、威力を最初から見せつけて、大神官を慌てさせてやると思ってね」


「ふふ、目論見どおりでしょうねえ。陛下はなんと?」

「ああ。内内にお褒めくださったよ」

「これで王太子はアベル殿下にほぼ決定しました」

 シエルが誇らしげに言う。


 歳からいっても王太子はアベル殿下が順当だった。唯一の懸念はドミニク殿下が四魔法の〈土魔法〉で、アベル殿下が軟弱な?〈光魔法〉だったこと。

 でもこれでその懸念は払拭された。


 とはいえ国の後継というデリケートすぎる話。私は引きつった笑みを浮かべるにとどめる。


「殿下、測りましたか?」

「ああ、翌日ね。MAXになった」


「やっぱり! 神聖なる〈光魔法〉でMAX! もう為政者としての強さは十分ですね! これからはどうぞ王宮に引っ込んで、シエル様の分野、デスクワークを頑張ってくださいね!」

「ほら! クロエもこう言ってます。これからビシバシ書類お回ししますよっ!」

「シエル……手加減しろよ」


 アベル殿下は頭を抱えた。私は思わず笑ったあと、

「おめでとうございます! 手探りのなか、血の滲むような努力が身を結びましたね!」

 思わずティーカップを掲げた。

 殿下は瞠目したのち、目を細め、カップを手に取り、私のカップと合わせてチンと鳴らした。


「……ありがとう、クロエ。君だけだ」


 最後は穏やかな歓談になった。


 私を馬車まで送ってくれたシエル様に、

「シエル様、今度こそ私の静かな生活を守ってくださいよ! もう学内で話しかけるの禁止です!」

「まあ……うん。善処する」




 ◇◇◇





 そう言った矢先、我が屋敷に嫡男シエル様の安全を完璧に確保した上で、古の魔法の発動という世紀の瞬間と、次代の王決定の現場に立ち会わせてくれた礼として、グリーンヒル侯爵の名で、稀少な特産の絹織物がドカンと届いた。


 私はお礼を述べるために、こちらからシエル様に会うはめになった。


 そして王家からはドミニク王子を助けた褒美として、鉄や銅といったローゼンバルクであまり採れない鉱物をもらい受け、曖昧な表現ながらも、王家に対して貸し一つ!ということを認めさせて手打ちになった。


「クロエ様、ローゼンバルクは一人で立てる強さを持っておりますが、味方はないよりもあったほうがいいに決まっています。王家にしろ、グリーンヒル侯爵家にしろ、神殿にしろ、縁ができたのなら、大事にしておいたほうがいい。いざというとき、切り札として、我らのジュード様を助けることができるかもしれません。と言っても無理のない範囲で付き合えばいいのです」

 王家からの目録を眺める私にベルンがそっと教えてくれた。


「そうか……その通りね」


 こちらからすり寄るテクニックなど何一つ持っていないけれど、向こうが好意的にやってくるのであれば、頑なに拒むこともないと。


 前世がらみでなくて、人目につかない場所でなら、私なりの王都外交ができるだろうか?

 兄のために。

 と言っても簡単にお会い顔ぶれではないけれど。


「ありがとうベルン。教えてくれて」

 ベルンがニコニコと私の頭を撫でてくれた。




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