〜十歳〜

第37話 祖父との生活

 王都での大神殿突撃と、王やアベル殿下との会合から二年経った。

 私は十歳になった。



「草壁!」

 国境に厚さ1m、高さ3mの壁を作る。


「クロエ様! ありがとうございます」

「どういたしまして。じゃあ、お昼を食べたあと、具合の悪い人の薬を作るから、村長さんの家に集めてくれる?」

「承知しました」

 村長の息子が一足先に村に帰っていく。


「クロエ様、お疲れではありませんか?」

「このくらい大丈夫。でも心配してくれてありがとう、ニーチェ」


『最近、隣国がちょっかい出してくる頻度が高いな』


「うん。エメル、ちょっと厄除けに咆哮お願い!」


『よーし、まかせろ! ウガガオーーーン!!』


 私とニーチェは慌てて耳を塞ぐ。


 最近、隣国と我が国は緊張状態が続き、国境で接している我がローゼンバルクは気が抜けない。私は出来るだけ国境を巡って草壁を張り巡らせ、周辺の集落に顔を見せ、薬の在庫や畑の様子を見てまわる。


 草壁は、強烈な日差しやレベルMAXの〈火魔法〉使いに燃やされなければ、二年は保つものを作れるようになった。中心に土壁を入れるのがミソだ。


 そして、領主の孫が直接やってくることで、人々は目に見えて安心する。この村は見捨てられてないのだと。


 今日のお供はニーチェ。ニーチェは日帰り担当だ。なんてったって家には可愛い奥さんと赤ちゃんがいるもんね。


「ニーチェ〜! お腹すいた〜!」

「はいはい。クロエ様のために、料理長がデザートも用意してくれてますからね! 先ほどの水辺で休憩しましょう」

「『ほーい』」



 村に到着後、具合の悪い人々に、症状を聞いて調剤する。

 胃腸の調子が悪い、頭痛が酷い、栄養が偏って体内のバランスを崩している、そんな人たちの薬をゴリゴリと薬草を潰して作って飲ませ、ストックと栄養剤的なものとともに村長に託す。


「よかった……」

「クロエ様、どうしました?」

「いえ、感染病や毒の症状は、今日は見られなかった」

 隣国はこっそり毒をばら撒くこともある。

 まあ敵は隣国に限ったものじゃない。ローゼンバルクは調和を乱す代表として、相変わらず国内でも嫌われているのだ。


「クロエ様、お時間です。もう出なければ、お館様が心配いたします」

「わかった。では皆さん。またね!」


「「「「クロエさま〜! さようなら〜!」」」」


 この村は、貧しいけれど、一見不幸な子どもはいなかった。ホッとする。





 ◇◇◇




 夕食の時間ギリギリに、屋敷に帰った。バタバタと汗を流して、ダイニングに走る。

 ちょうど祖父が席に着くところだった。


「ただいま! おじい様!」

 着席前に、ギュッと抱きつく。私は十歳になって、ようやく頭が祖父の胸のあたりまでくるようになった。祖父は大きい。何もかもが。


「おかえりクロエ。お疲れ様」

 祖父が私の頭のてっぺんに、ちゅっとキスを落とした。


 兄は昨年王都のリールド高等学校に既定路線どおり入学し、王都のローゼンバルク邸住まいだ。だから食事は祖父と二人。気まぐれにエメルも参加する。

 祖父にお願いして、テーブルをうんと小さいものに替えてもらった。隣で食べれば手が届く距離に祖父がいる。


「ミブの村はどうだった?」

「秋の実りが少なかったようで困っていました。とりあえず冬野菜をいっぱい植えてきました、ちょっとだけ手を入れて、二週間ほどで収穫できるはずです」

「クロエ、タネや苗を買うときはきちんと言え。もはや手持ちのものでは間に合っていないはずだ。領に使った金はきちんと経費として支払う」

「はーい」


 とりあえず返事をするものの、先月は調剤でかなりの現金収入があったから、別に構わない。そもそもきちんと出納帳をつけてるわけじゃないから、経費がいくらかわからない。無駄遣いはしていないつもりだけど……お金がらみの帳簿付けは苦手だ。


「空返事は止めろ! 全く、普通の令嬢はジジイの財産を使い潰さんばかりにドレスやら宝石やら欲しがるもんだぞ? それをクロエと来たら、自分で稼いだ金を領につぎ込む始末……」


「そうですよお嬢様! どこの女の子がドレスよりも、寝巻きに拘りますか!」

 私を着飾らせることを使命と思っているマリアがスープを注ぎながらプリプリと祖父を加勢する。


「着飾って行きたいところなどないもの。質の良い睡眠こそが健康をもたらすって本に書いてあったわ! おじい様も私と同じ寝巻きにしようよ!」

「わしはコレのおかげで、常に質の良い睡眠がとれておるわ」

 祖父が琥珀色のお酒の入ったグラスを高く掲げる。


「飲み過ぎはダメだよ! おじい様!」

「はいはい。ジュードがいなくなったのに、あやつの分まで口うるさいな、クロエは」


 兄は毎週末帰ってくるというようなことを言っていたけれど、低学年は思った以上に忙しかったようで、纏まった休みの時しか帰らない。しょうがない。ここは本当に辺境なんだもの。


 タンポポ手紙を読むからに、充実した学生生活を送っているようだ。ギリギリ大人ではなくて、多少ハメを外しても許される、一番楽しい世代。私の前世の暗黒の学生時代が異質だったのだ。よく学び、幸せな時間を過ごしてほしい。


「お兄様は結婚相手を見つけたでしょうか!」

「気になるのか?」

「そりゃあ、妹として気になります」


「お嬢様、ジュード様がお連れになった女性をチェックするおつもりですか?」

 マリアから咎めるような視線が飛んでくる。

「そんなことしないよ。私はお兄様を信じてる。お兄様が選んだ女性ならどんな人でも受け入れるわ」

 そして私はそっとここを去るのだ。


「……わしも、ジュードが選ぶ人間なら誰であっても歓迎する。覚えておけ」

「はーい! 恥ずかしがり屋のおじい様の代わりにお兄様に伝えときまーす」

「こらっ!」


 祖父の考えは、若者よりもうんと柔軟だ。


「明日の予定は?」

「明日は神殿で、めんどくさい薬を作ります。おじい様は?」

「わしはめんどくさい打ち合わせメインだな」

「おじい様、頑張って!」

「クロエ、もっと食え」


 兄が抜けて少し寂しくなったけれど、私の日常は前世とうってかわって、穏やかに過ぎていく。



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