草魔法師クロエの二度目の人生

小田 ヒロ

〜五歳〜

第1話 なぜか巻き戻る

「……ウソよ、教授が……そんな……」


 教授だけが私の真の理解者だった。二人でマイノリティーでも生きていきやすい世界を作るのだと誓い合った。私のやることを、ドミニク王子殿下もやがては理解してくださると思っていた。


「教授は全て罪状を認めたぞ。ガブリエラに諭されて、最後にはすがって泣いていた。おまえもいい加減白状しろ!自らの才能のなさゆえに、国を呪うなどもってのほか!」


 唯一……信じていた。あるがままの私を受け入れると言ってくれた、教授。

 力のない適性であっても、平等に生きていくために力を貸してくれって! 私たちだって幸せになれる国を作ろうって言ったじゃない!

 ガブリエラの『みんなわかりあえる。仲良くできるわ!』なんて言葉、愛されたことしかないものの綺麗事だと言ったじゃない!


「あんたもホントバカだなあ。あの男は隣国のスパイという疑惑があった。尻尾を掴むために泳がせておいたら、あんたが一緒に踊ってくれた。能無しも一度くらい役に立つもんだな、我慢してクズ魔法適性の婚約者でいた甲斐があったと第二王子殿下がおっしゃっていたぜ?」


 教授が……スパイ? 私は利用されていた……だけ? 婚約者であるドミニク殿下も……最初から?


「ふ、ふふふ……はーっはっはっは!!」


 もう誰も……誰も信じるものか!





 ◇◇◇





 ゆっくりと目を開けた。頰は涙でびしょびしょだった。天使が舞っている天井を睨みつけた。


 前世? を全て思い出した。


 私、クロエ・モルガン侯爵令嬢は昨日魔力適性検査を受けた。貴族は五歳の誕生日前後に適性を知る習慣がある。適性がわかったところで、その才を効率よく伸ばしていくのだ。


 私の適性は、かなり珍しい〈草魔法〉だった。


 モルガン家は歴代〈火魔法〉を得意とし、その魔法を駆使して栄誉あるリールド王国の騎士団長を多く輩出する国に頼られ民に憧れられた家柄。当然私の結果も誰もが〈火魔法〉と疑わなかった。それは私も一緒。私は呆然として振り向いて両親を見上げた。すると優しい母は真っ青な顔をして、父は反対に真っ赤な顔で……激怒した!


「〈草魔法〉だと? モルガン家に生まれながら? 恥を知れ!! エリー! 貴様、私以外の男と契り、私を騙したな!!」

「めっそうもない!旦那様! あんまりです!」

「黙れ! 汚らわしい!」


 父が大声で母を詰り、母は悲鳴を上げた。つい先ほどまで可愛がってくれていた両親の変貌にショックを受けたせいで、私の前世の記憶の蓋が開き、そのまま幼い私はくずおれた。




 ◇◇◇




 前世のクロエも五歳の適性検査で〈草魔法〉判定だった。それ以降両親は私と食事を取ることもせず、会話もほとんどなかった。急な態度の変化に幼い私は泣いてすがったが、振り払われ投げ飛ばされた。

 そして両親は二歳年下のアーシェルを宝物のように育てる。彼が五歳になったとき、適性が〈火魔法〉とわかった。モルガン家の悲願は達成され、私は一生日陰者の人生が決定した。


 私はいないものとして扱われた。服装や教材などお金のかかるもの、そして教育やマナーの指導も最低限だった。

 愚かな私はそれらを完璧にやり遂げれば私を再び愛してくれるかもしれないと、必死に努力した。しかし家族は私抜きの三人で出来上がり、主の態度は使用人にも伝染し、誰も私を相手にしない。広大な屋敷でいつも一人。


 やがて私に婚約者ができた。なんと我が国の第二王子、ドミニク・リールド殿下だった。彼の世代の高位貴族が私しかいなかったという消極的な理由やら、〈火魔法〉の一族を取り込み、私という厄介者を引き受けて恩を売るためやらあったけれど、それだってよくある政略結婚の一つ。少しでも仲良くなりたいと思った。


 ドミニク殿下は私の前では笑顔を常に絶やさなかった。

 私は、ひょっとしたら彼は私を救い出してくれる物語の王子様かもしれない、と希望をもってしまった。


 年頃になった私は、貴族の例外に漏れず、王立高等学校に行くことになった。

 私は侯爵令嬢という立場だというのに、その適性から陰湿な虐めにあった。婚約者であるドミニク殿下が黙認していることがそれに拍車をかけた。


「困ったねえ。クロエ、皆と仲良くできないの?」

 と言って笑うだけの殿下。その私に向けられた唯一の、たちの悪い笑みが、私に一縷の希望をもたらしてしまう。

 ひょっとしたら事情があって、私を庇うことができないのじゃないかしら、と。おめでたい私。



 そんな私と対照的な明るい溌剌とした女性がだんだんと頭角を現した。ガブリエラ伯爵令嬢、適性は〈火魔法〉。皆が……遅れて入学してきた弟までも、ガブリエラと私を比較して、笑いものにした。私はすさむ一方だった。

 そして、ドミニク殿下がガブリエラと熱烈なキスをするのを見てしまう。やはり殿下も……私のことを裏切っていたのだ。心が冷え切っていく。

 それでも、婚約者は私なのだから、きっと私の下に戻ってくる……と細い絆に縋った。


 そんなとき、教授に出会った。


 教授は〈草魔法〉の私をバカにしなかった。


「四大魔法(火、水、風、土)以外の少数派の魔法適性でも、彼らに負けないくらい世間の役に立つことを、一緒に検証していかないか?」


 初めて私の存在を肯定してくれた教授に、私は一気に傾倒した。私は真面目な性格と親に認められたいという欲求から、血の滲むようば鍛錬の末、すでに魔力量は多く、魔力操作も完璧だった。

 私は全力で、自分の出来ることを教授に示した。教授は目を輝かせて褒めてくれた。


 やがて教授は私に毒草を育てるように指示した。

「どんなに我々が新しい考えを発表しようと、旧体制にとっては脅威なんだろうね。日の目を見る前に潰される。もはや……害悪は排除するしかない」


 私は素直に従った。私にとって教授こそが、わかりやすい道しるべとなっていたから。

 教授のもとには他にも数人、珍しい魔法適性の生徒が集まっていた。彼らと黙々と毒草の改良を重ねた。無味無臭、即効性、そして速やかに体内で別の物質に変化する……そういう毒が理想だった。生まれてはじめて充実した日々だった。


 私たちの小さな暗い研究室に、ドヤドヤと軍隊を引き連れたドミニク殿下と美しいガブリエラ、そして弟がやってきて、私たちをあっというまに拘束した。


「なんて罪深いことを!」

 ガブリエラはハラハラと私の婚約者の胸で泣いていた。

「あなたはモルガン家の恥だ! 同じ血が流れているなんてヘドが出る!」

 弟は既に自由のきかない私の顔を殴った。

 モルガン家らしいことなど一度もしてもらった試しがないのに、変な子だ。


「やはり草魔法はクズ魔法だな。これでお前の過失で婚約破棄できる。俺の十年を返せ!」


 私は笑顔でない殿下を初めて見た。その瞬間、これまでの笑顔が作りものの表情であったことを理解した。

 王子は影でどれだけ草魔法と私をバカにしていたのか丁寧に教えてくれた。ありとあらゆる罵詈雑言とともに、私にツバを吐いた。


 そして投獄され……希望を打ち砕かれて……壊れて死んだのだ。




 ◇◇◇




 ゆっくりとベッドを降りて、姿見まで歩く。

 そこにはピンク色のナイトドレスを着た、茶色の髪に黄緑色の瞳の小さな私。前世、この色合いの私を、

『踏み潰された雑草ごとき、だな』

 とドミニク殿下が形容したっけ。


「時間が……巻き戻ったということ?」


 神の仕業だとすれば、残酷だ。またあのように辛い、誰からも虐げられる人生を送れというのか? 私に何か成すべきことがあったとしても、別の人間に生まれ変わらせてくれればよいものを。


 ふと、窓辺を見ると、花瓶に黄色い薔薇が生けてあった。私はそれに向けて小さな右手を開き、


「……成長」

 魔力を放出した。あっという間に蕾だった花は綺麗に咲き、端から茶色に朽ちて、そして、散った。

 両手をぼんやりと眺める。


「魔法は……前世の習熟度と同じみたい」

 客観的に現状のレベルを知りたいが、鑑定石は五歳児の部屋にはない。でも前世の知識は全てあるし、違和感なく使えそうだ。レベルはMAXである100で間違いないだろう。


 私はそのままソファーに歩き、腰掛ける。

「お父様は私がお母様の不貞で出来た子だと思っていたなんて……」


 あの臆病な母にそんな大それたことができるわけがないのに。よほど〈草魔法〉など忌むべき存在の私が、自分の血を引いていると認めることが我慢ならないのだろう。


 今世でも親の愛は望めないことが確定した。

「普通人生を逆行させるならば、次こそ幸せになるようにと、少しは状況を改善させてくれてるものじゃないの?」


 子供の部屋にありがちな、天井に描かれた天使を見上げて呟く。


「この逆行の意図がわからない以上、好きに生きていいわよね。前世私を苦しめた人間には……今世は絶対に近づかない。私の心をかき乱す存在など、必要ない」


 モルガン侯爵家の子供でなければ、〈草魔法〉でも十分に生きていけるのだ。そもそも私を苦しめた人間のために、騎士団を率い、魔法を行使して戦い、守ってやる義理などない。


「散々バカにされた〈草魔法〉で……私は一人で生き抜いていく」


 前世、毒を作ったのは……短慮だったと今更思う。あのときは正しい選択に、唯一の選択に見えたけれど。

 毒を完成させ、その毒によって国の上層部数人を殺めたところで何が変わっただろう? 殿下にマッドサイエンティストの私を捕まえた功績ができて、自分たちの地盤を固める材料にされて終わり。いや、実際そうだった。

 でも、私の作った毒は私が死ぬと効力を失うようになっていた。草魔法使いの意思に反する使われ方をしないように縛りをかけていた。それが私の罪悪感を少しだけ軽くする。


 そう、毒草や毒を作ったことは無駄ではなかった。毒はほんの1ミリずれれば薬であり、その知識は私の脳に刻まれている。

 そして私はその毒を全て自分で試した。私の身体はこの世界で確認されている全ての毒の耐性がついていて……その体質もどうやらそっくり受け継いでいる。

「ああ、ひとつだけ、自害のために体に慣らさず取っておいた毒があったわ……あれを常備していればあれほど苦しまずに済んだのに……」


 たらればを言ってもしょうがない。


「人任せにした私はバカだった。これからは自分のやることは自分で決める。もう誰も……あてにしない。信じない」


 私をゴミのように扱った上位貴族たちと同じ、金髪に碧眼、白磁のような肌をしている天井の天使を睨みつけ、私は拳を握りしめた。



「私は自力で……生きていく」


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