イマジナリー・キツネ

茶谷ムジ

第1話 

 そこにはかつて、曽祖母が幼い頃に過ごした母屋があった。僕が子供の頃にはその家屋は鬱蒼とした茂みの中に取り残された物置代わりの建物となり、夏休みの間は僕にとって可能性あふれる探検屋敷であった。

 夏の間、僕はここで近所に住む子供たちとよく遊んでいた。家の中にある置物で宝探しをしたり、厠をゴールに肝試しをしたり、ままごとをしてみたり、遊びは遊びきれないほどあった。

 子供たちの中に、大人しい、おかっぱ頭の姉妹がいた。妹のほうは子供たちの中でも一番年少だった。その子は一番年上の僕に何かと話しかけてきた。

「なぁ、かくれんぼ終わったらお稲荷さんとこ行こう」

 その子は、庭の隅にあるお稲荷さんが好きだった。赤い鳥居と小さな祠、石でできたきつねが対で向かい合っていた。家が古いのに比べると、誰が世話をしているのか、稲荷はいつもこざっぱりと綺麗にされていて、時々油揚げが供えられていた。

 なぜお稲荷さんが好きなのかと訊ねると、その子は照れて逃げ出してしまうのだが、姉のほうが言うには、妹には空想の友達がいて、その友達というのはその稲荷に神様と暮らす白ぎつねなのだといった。

 僕は、古い家の二階から庭の隅のお稲荷さんを眺め、誰が油揚げをあげているのかを突き止めようと待ちぼうけることがあった。

 曽祖母も祖母もこの世を去ってからは、親が親戚との関係が悪くなり、新しい離れにも母屋にも、僕の家族は訪れることが無くなってしまった。母屋のあった土地はもう親戚が売ってしまったのだと聞いていた。

 僕は、その空き地の前を去り、だらだらと続けていた長い旅を切り上げることにした。

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