第15話 追いかけっこの後には色々ありまして。

「来るわよ!」

「きゃ!」



 ダリルさんの言葉と同時に、私は彼の肩に担がれるように抱き上げられ、まさかの命がけの鬼ごっこがスタートしてしまった。

 ダリルさんは白い扉を蹴り破り、屋敷の外へ向かうように走り出す。

 すれ違うメイドさんたちは驚いた様子だったけれど、後ろから刃物を持って追いかけてくる闇医者に悲鳴を上げ、阿鼻叫喚状態だった。



「あわわわっ ダリルさん!」

「このまま一気にロバートのところまで行くわよ! 舌噛むから口は閉じて頂戴!」

「――!!」



 ダリルさんの何時になく厳しい声に私は歯を噛みしめ、迫ってくる闇医者に恐怖しながら長い廊下を担がれたまま走っていく。

 そして、花の搬入口でもある扉を蹴り開けると、タバコを吸っていたロバートさんが目を見らいて「なんだぁ!?」と叫んだ。



「なんだぁ!? じゃないわよ! 仕事の時間よ!」

「! 了解っす!」



 仕事の時間!? ロバートさんは貸し馬車の業者じゃなかったの!?

 貸し馬車の荷台に降ろされた私は、身を低くして今起きている内容を頭で整理しようと頑張った。

 刃物をチラつかせる闇医者三人……こちらは足手まといの私を守りながら。

 あぁ、本当にこういう時に役に立たない!!

 歯がゆく思いながらも恐怖感もあって、何とか自分を落ち着かせようとしていると――。



「闇医者雇ってまで何してたんです?」

「愛しの婚約者殿と魔力溜まりで愛し合いつつ、女性の生き血を飲ませて話せるようにしてたみたいよ」

「内容は兎も角として、闇魔術じゃん。この国では重罪の一つだろ」

「さぁ? 悪魔に魂も四肢も捧げたって良いって言ってたわよ? 死ぬ覚悟は出来ているんじゃないかしら?」

「それは僥倖~!」



 そう高らかに口にしたロバートさんは短剣を手に一人をアッサリ倒すと、もう一人に斬りかかった。

 残った闇医者もダリルさんの元へと駆け寄ってきたけれど、ダリルさんは短剣を手に軽やかにダンスを踏むように歌を歌いながら戦っている。

 そう言えばダリルさんは吟遊詩人だった……歌を歌いながらのダンスには何かしら意味があるのかもしれない。



 三人の闇医者をあっという間に制圧すると、ダリルさんは荷台に積んでいた縄で三人を縛り付け、木に括りつけていた。

 どうやら止めは刺していないようで、騎士団に引き渡して情報を聞くためにそうしたんだろう。



「闇医者は本当に三人か?」

「分からないわ、あと一人いる可能性もあるわね」

「みたいっす……ね!」



 苦笑いを浮かべたロバートさんは、短剣を屋敷の二階の窓に投げつけると、ガラスが割れ二階から男性が落ちてきた。

 多分闇医者だろう、肩に突き刺さったナイフをそのままに逃げようとしたその時――馬の嘶きが聞こえ、屋敷の門が破られる音と共に見覚えのある鎧に身を包んだ騎士団が駆け込んできた。



「遅いわよ……原点ね」

「ホント、騎士団って行動遅いんだよな。諜報部を見習えっての」



 二人の愚痴を呆然と聞き流しながら流れ込んでくる騎士団に、屋敷で働く方々は慌てた様子で外へと飛び出してきた。

 何かを叫んでいるけれど、シッカリとは聞こえない。

 ――泣きながら何かを叫ぶ人。

 ――両手を組んで許しをこいているような人。

 一体この屋敷で何が起きていたのか分からない。

 けれど……私は立ち上がると先ほど通ってきた道を一気に走り出した。



「ラシュアちゃん!?」

「クリストファー男爵に聞きたいことがあるんです!」

「それなら私も一緒に行くわ」

「はい!」



 きっと屋敷は騎士団に徹底的に調べられるだろう。

 その前に、私は何故死んだ婚約者をそこまで、他人の犠牲を良しとしてまで残そうとしたのか分からなかった。

 急いで細い階段を降り、蹴破られた扉の中に入ると、クリストファー男爵はロザリーと寄り添うように座り込んでいた。



「……まさか、こうなるとは思いませんでしたよ。いつまでもいつまでも、ずっと永遠に彼女のそばにいられると思っていたのに」

「クリストファー男爵」

「あぁ……魔力溜まりが徐々に消えていく……ロザリー……愛しのロザリー……せめて最後に愛を囁いておくれ」



 徐々に結晶化が進み、パラパラと砂のように崩れ始めたロザリー。

 それでも彼女は何かを口にしようとしていて、何とか絞り出すように、それでいて少しだけ離れている私たちに聞こえる様にハッキリと口にしたのだ。



「………殺して」

「ロ……ロザリー?」

「……もう……殺して……楽に……なりたい……」



 砂の涙を零しながら口にしたロザリーに、クリストファーは目を見開き何度も首を横に振った。



「何を言うんだいロザリー。永遠に一緒だと……ずっとそばにいるって約束したじゃないか。君がこうなってしまう前にも、君に永遠の愛を誓ったじゃないか! それなのに、私を置いて死んでしまうのかい? 私を置いて先に行ってしまうのかい?」

「……もう……ご……ろ…ぢ……でぇ」



 その言葉を最後に、ロザリーの体は砂のように崩れ去り、骨だけが残った。

 長い沈黙……クリストファー男爵は彼女の頭蓋骨を手にすると口づけし、嗚咽を零しながら泣き始めた。



「狂った愛のカタチね……残酷で残忍……そして、重い愛情」

「……」

「貴方たちは、そうならないようにしてね……と言ってもちょっと無理があるかも知れないけど。【バーサーカーの悲劇】だけは起こさないでね」

「バーサーカーの悲劇?」

「帰ったら教えてあげるわ」



 その言葉と同時に騎士団がこのダンスホールのような場所に流れ込み、力なくロザリーの頭蓋骨を抱きしめ座り込んでいるクリストファー男爵を無理やり立たせると、そのまま尋問するのだろう、連行されていった。



 ――長い一日だった気がする。

 そして、一つの愛の形を見た気がする。

 狂ってしまう程の愛を誓ったクリストファー男爵とロザリーの間に、一体何があったのかはわからない。

 けれど、そこにはちゃんとした愛情が、純粋な愛情だってあった筈なのに――。





 花屋に帰ると、疲れ果てた私を気遣い、早めに家路について良いことになった。

 何時もならアシュレイに送ってもらう道を、ダリルさんに送ってもらい、私は帰宅するとお風呂に入ることもなくベッドに倒れこみ、深い溜息を吐いたのち眠りについてしまった。





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 予約投稿です。

 アップされる頃には、屍になりつつ育児と家事をしているかと思います(;'∀')


 これも一つの愛情のカタチ。

 狂った愛情の先って、基本的悲しい結末ですよね。

 違う道もあったかも知れないけれど、今回は一般的な悲しい結末にしてみました。

 そして、気になる単語【バーサーカーの悲劇】とは何なのか!?

 次回そのあたりが出てくるかと思いますのでお楽しみに!


 そして、屍になっている作者への応援も、よろしくお願いします/)`;ω;´)

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