もし、世界が5分後に滅びるとして
夜路てるき
もし、世界が5分後に滅びるとして
「先輩。5分後に世界が滅びるとして、先輩ならどうしますか?」
二人、人目を気にしながらの下校途中。いや、もうあかりの家についてしまったので別れの時間だ。名残惜しいけど、「また明日」。
そう言うはずだったが、あかりが会話を投げてきたので立ち話に応じることにした。
「明日とかじゃなくて5分しかないのか。ロクなこと出来ないな」
5分なんてあっという間だ。学校からあかりの家までゆっくり歩いて10分。その時間さえ短く感じるのだから。
「そうですね。きっと、何するか考えてる間に時間になっちゃいます」
ふふっ、と楽しそうに微笑む彼女につられて頬が緩むのを感じた。お互いに、笑みを見合って数秒。携帯電話のアラーム音が二人の間に割って入る。
「あ、今から5分後ですね」
「え?」
携帯を取り出し、アラームを止めた彼女はそう言った。
「世界、滅んじゃいます」
ニッコリと、寂しそうな笑みで、頭一つ高い俺を見上げてくる。
「滅んじゃうのか」
「はい。滅んじゃいます」
悠長に考えてる時間はない。ふと上を見上げて、考えもまとまらないままに彼女の手を引いて歩き出す。
「あっ。先輩?」
驚いて声を上げた彼女は、けれど抵抗することなくついてくる。俺から掴んだ手は力弱く、けれどしっかりと握り返される。
「高い所に行こう。二人で、高い所で見届けよう」
上を見上げた時、目に映ったのは晴れ晴れとした夕空とマンションだった。
エントランスのオートロックはちょうどマンションの住人が出てきたのですれ違いで入る。そのままエレベーターで最上階へ。廊下に降りて見晴らしの良さそうな所を探す。
「景色が良いところがいいよな」
「そうですね。夕焼けが見えるとすっごいロマンチックです」
二人でキョロキョロ、ウロウロと良いロケーションを探していると、階段のところにはしごを見つけた。男のオレよりも上に設置された壁はしご。台か何かを使って屋上へ行くためのものだ。
「こっち上に登れそうだぞ」
「えっ。私、これ登れないですよ」
あかりは小柄だ。運動神経が悪いとは言わないけどすごい訳でもない。確かに自力で登るのは無理だろう。
「俺が台になる」
「ええ!?」
トタッと一歩下がられる。あかりはスカートを抑えて頬を染めた。
「スカート、覗かないでくださいよ?」
「覗かないって!」
必死になって否定する。多分、今、顔、赤い。
馬跳びのように背中を台にして登らせる。変なことを言うものだから、シュルシュルという衣擦れが気になって仕方がない。
足が背中を離れ、重さが無くなる。はしごを登っている気配がするのでそのまま待った。
「先輩、もういいですよ」
「ん」
はしごに向きなおれば、壁際にあかりのカバンが置かれていた。確かに。カバンを上に持って行くこともないか。適当に置いていたカバンを並べて置く。
「よし」
二歩の助走で跳び、壁を蹴ってはしごを掴む。そのまま身体を持ち上げて、なんとか足をかけた。
「おー。先輩、意外と運動神経良いんですね」
「そんなでもない。ちょっと危なかった」
はしごを登り切って、屋上へ足を踏み入れる。貯水槽が二つと換気口があるだけの屋上だが、そこに広がる景色はけっこうなものだった。
「うん。ここは良いな」
「はい。ここ、良いですね」
そっと、あかりが並ぶ。二人で夕日を眺めながら、時間を待つ。最後に、不確かな胸の内を確かなものにしておこう。なんとなく、そう思った。
「あかり」
「はい」
「好きだ」
「…はい。…………私も、です」
嬉しそうに、けれど俯くあかり。夕日で分からないけれどきっと赤くなっているだろう。俺も、そうだから。
ふと、手を伸ばす。すり合わせたように、どちらともなく手を繋いだ。今まで、繋げなかった何かが、これでやっと繋がった気がする。満たされたような、足りないような想いを胸に、言葉も交わさずに地平線に沈んでいく光を眺めていた。
「もう、とっくに過ぎたよな」
「そうですねぇ」
日が沈み、暗くなってしまった。吹き抜ける風も冷えてきて、長居をしていたら身体を冷やしてしまいそうだ。
「帰るか」
「はい」
名残惜しく感じる手を放し、はしごに向かう。
「あっ」
降りようとしたところで、カバンの傍に立つ管理人らしき男と目が合った。
まずい、と思ったところで逃げ場はない。
「すみませんでした」
何よりも先に、俺は素直に謝った。
管理人室に連れていかれ、マンションの住人でないこと、立ち入り禁止屋上に入ったことを咎められたが、その動機を聞かれて、
「ロマンチックに告白したかった」
と言ったら管理人さんは大きな溜め息をついて許してくれた。
「気持ちは分からないでもないけどね。今回は不問にしてあげるから、こんなことはもうしないように。いいね?」
告白したのは勢いでやったことなのだが、なんだか許してもらえそうなので黙っておこう。
「はい、すみませんでした」
最期にもう一度謝って、放免となった。あかりと二人、顔を合わせて苦笑い。
あかりの家は目と鼻の先。「また明日」と言いかけて、言葉を止めた。
どうしてだろう。違う言葉が胸から出ようとしている。何て言おう。どうやって、あかりに伝えよう。
「それじゃあ、先輩。――」
「あの、さ」
割って入るように。いや、あかりの言葉を遮るように切り出す。屋上で手を繋いだとき。あかりと繋がれた気がしたんだ。あの5分で、きっと俺の中の何かが変わった。だから変えよう。いつも通りから。新しい日常へ。
「一緒に登校しよう」
なんとか形にした言葉は、脈絡も突拍子もない話だった。
「え?」
「明日から朝、迎えに来るから。学校まで一緒に行こう」
「もう。先輩ったら」
あかりは少し俯いた。暗くなった街ではそれだけで顔が影に隠れてしまったが、声は嬉しそうだった。
「でも、明日は家の用事でお休みするので、明後日からお願いしますね」
顔をあげたあかりは困ったような、残念そうな表情をしていた。
「そっか」
あかりが歩き出したので付き添う。会話をするにはあかりの家は近すぎる。でも、もう少し話していたくて、あかりに聞いてみた。
「もし、5分後に世界が滅びるとしたら、あかりはどうするんだ?」
「わたしですか?」
「ああ。ちょっと気になって」
あかりは、空を仰いで一息。まるで、決心したようなその仕草のあと、潤んだ瞳で俺を見据えた。
「わたしは、別れを言います」
「ああ、なるほど。最期だからな。そういうのは大事だな」
「だから先輩、許してくださいね」
あかりが一歩二歩と近づく。そこまで離れていなかったので密着するくらいに近く。あかりはそのまま俺の顔に手を添えて引き寄せた。
「さようなら。先輩」
耳元で囁かれる可愛らしい声。頬に触れた柔らかく、温かな感触。
頬に、キスをされた。
「ふふっ。こんな感じでお別れです」
俺から離れたあかりは夜空の下でも分かるほどに赤く、零れ落ちそうなくらいに瞳は濡れていた。
あまりの出来事に呆然として、照れくさくなって少し顔をそらした。
「そっか。うん。うれしい」
頭はまだ混乱しているのか、気の利いたことも言えない。それがまた恥ずかしくて、なかなかあかりの顔を見れない。
「そ、それじゃあ先輩。もうお別れで」
「おう。また明日な」
「……さようなら」
結局、最後まであかりの顔を見れずに。俺達は別れた。明後日、あかりと会うときまでに、この気恥ずかしさがなくなってくれると良いのだが。
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