第7話 取り返しがつかない事態

「やめてください!」


 ロンドはありったけの声を男にぶつける。


「小瓶を返してください! でないと、大変な事態になってしまいます」


 こちらの叫びに男が振り向いた。布を巻いて顔を隠しているが、不思議と殺気はなく雰囲気が軽い。


「ああ、いいぞ」


 男がこちらに近づき、小瓶を投げ渡してきた。ロンドはあわてて小瓶を受け取り、目をまたたかせる。


 だが、すぐ違和感に気づいてハッとした。

 小瓶から光が消えている。


 焦ってロンドは小瓶を回し、全体を確かめる。しかし、どれだけ見ても中身はない。


「あ、あの……中の薬は?」


「そこの槍ンところにぶちまけた」


 男は親指を槍に向けて即答する。


 ゆっくりロンドが槍へ顔を向けると、槍の真下が淡い光を放っていた。


「な、何てことを!」


 ロンドが馬を降り、槍に駆け寄ろうとする。

 だが、先に馬上から降りた男に肩をつかまれて、足を止められる。


「なあなあ、ここは一体どういうところなんだ? オレ、この街に来たばっかりで何にも知らないんだ。よかったら教えてくんない?」


 あまりに緊張感がなさすぎる。

 ロンドは何とか男の手から離れようと、強引に前へ出ようとする。

 だが、力の差は大きく、男の手はビクともしなかった。


「離してください! 早くしないと――」


「教えてくれたら離してやるよ」


 こんなことで時間を費やすわけにはいかない。ロンドは男を見上げる。


「その薬は死んだ者を甦らせる、死人還りの秘薬。そして、貴方が振りまいたこの場所は……百年前、国を大いに乱した『永劫の罪人』マテリアが処刑され、見せしめにその骸をさらしていた場所なんです!」


 必死に口を動かすロンドとは対照的に、飄々とした男の様子は変わらない。


「『永劫の罪人』? 何だその仰々しいモンは?」


「詳しい話は後です。手を離してください!」


 男は肩をすくめて「しょうがないな」と、ロンドから手を離す。


 前のめりになって、ロンドが槍の元へ行こうとする。

 しかし秘薬の光は強くなり始め、もう止められないことを伝えていた。


 どうすればいい? 必死に考えるロンドの後ろで、男がぼやいた。


「えーっとつまり……ようはアイツら極悪人を生き返らせて、混乱に乗じてこの国をひっくり返そうとしていたわけか。うわっ、くだらねぇ」


 信じられない言葉に驚き、ロンドは弾かれたように男へ振り向く。


「国をひっくり返す!? 何て大それたことを……」


「あ、オレは単に雇われただけのよそ者だから、これっぽっちも考えてないけどな。しっかし、ここまで聞いて逃げるっていうのも後味悪いな」


 男は槍の地へ身体を向け、剣を抜いた。


「少年、オレを雇え。極悪人が甦ったら、速攻でぶっ倒してやる。報酬は金じゃなくて、オレを見逃してくれるだけでいいからさ」


「え、え、ええ?」


 ロンドが戸惑っていると、ビクターは腰を落として剣を構える。一瞬にして軽かった空気が沈んだ。


「オレの名はビクター。しっかりオレの汚名返上を見ていてくれよ」


 槍に浴びせられた淡い光は、少しずつ強くなっていく。


 微光は光へ変わる。

 光は激光へと変わる。


 そうして激光は閃光へと変わる。

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