第5話 サトルの動揺とタラスパ


「えっ、どういうことですか? ここはゲームの世界じゃないんですか。ログインしたんだからログアウトできますよね」


俺は内心焦った。これは想定外だからだ。


ソーマジック・サーガの世界に行けるのは、あくまでもゲームの世界の話だと思っていた。だから、自由に行き来し、自分のペースで楽しもうと思っていたのである。それが命をかけてレベルを上げろというのは、まったく想像していなかったこと。



『サトル様がもとの世界に戻ることは、残念ながら現時点では不可能です。そして我々にはどうすることもできません。戻るためには条件をクリアしていただく必要があるということです』



なんだそれ。そんなのは聞いていない。確かに説明書も注意事項もほとんど読んでいないが、これはあり得ない…


本当にこの世界から出られないのか?俺はいら立ちを隠せずにまくしたてた。


「そんなのおかしいじゃん?そっちの責任で戻せないの?こっちにも事情があるのに」


しかし王女は溜息をつきながら突き放すように答えた。


『そもそもサトル様は、私共が呼んだり召喚したわけではございません。サトル様の意思によって、私たちの星にやってきたわけでございます。それに対し責任を負うことはできません。


ただし、我々も可能な限り無償で協力しましょうということです。それ以上を求められても、どうすることもできません』


確かに、この世界に来たのは自分の意志であり、自分の選択だった。


ということは、あのアイテムは本物?

本物の異世界転移アイテムなのか?


しかしレベル100ってかなりハードル高い気がするんだが…


「ではどうすればいいのですか。先ほど話のあった仲間を見つけ、ダンジョンでレベルを上げるしかないのですか?」


王女の答えは変わらない。


『基本的にはその通りですね。いずれにせよ、ある程度力を付けなければ、この世界では生きていけません。そして効率よく、安全にレベルを上げるためにも、また精神的な支えとしても、サトル様と同じ状況の仲間を捜すことをお勧めします』



なんとも皮肉な現実だ。


あれだけゲームでは苦にしなかったレベル上げを、自分自身によってやらなければならないとは。向こうの世界で剣なんて握ったことないし、スキルや魔法なんてどうすればいいんだ?


俺が唖然とした表情で黙っていると、役人の一人が口を開いた。


『その腕輪は、サトル様が別の世界からこの星に来た証明でもあります。その腕輪を装着している人は、あなたたち以外にはいません。ですので、まずはその腕輪を持つ人を探すといいでしょう。その腕輪を外すことはできませんから、装着している人は必ず同じ状況の人です。


そしてサポートに関してご説明いたします。その腕輪を見せれば、基本的にこの星ではどこの宿屋も無料となります。そして怪我の治療や食事代などでも恩恵がありますので、ぜひ活用してください。


困った時には王城にいらしてくれれば、その後も可能な限りアドバイスをさせていただきます』


確かにそのサポートは有難い。当面の生活に不安はないというわけだ。しかしこれはミスったな。最初のアイテム選択の話だが…


それにこの星についても知らないことが多すぎる。ゲームの世界とは微妙に違うし。


すると自分が何かを思案していることに気付いた王女がニコリと笑った。


『最後に、サトル様はまだこの世界についての理解が足りないかと思います。


常識や法律、地理や食べ物、そして時間や単位など。そこでサトル様をサポートするパートナーを付けましょう。


おいでなさい』


王女が呼びかけると、隣の部屋から動物?が歩いてきた。狸と猫が混ざったような、可愛げのある生き物だ。


『この子の種別はタヌコ。年齢は5歳、人間でいえば15歳のオスです。


知性は人と変わりません、ここにいる役人クラスと思ってください。


多少の戦闘能力もありますが、そこはあまり期待しすぎないように。まだ名前はありませんので、サトル様が付けてあげてください。


サトル様に替わって他人と交渉もできますし、街の人々もこの子が何者でどんな立場なのかわかっていますので、迫害されることもありません。


ご挨拶を』



“初めまして。只今よりサトル様にお仕えするため、獣種族タヌコを代表して参上しましラ。


よろしければ、私にお名前を頂戴いただけますでしょうか?”


タヌキだかネコだか良くわからない生き物が、俺を見上げなら話しかけている。まるでハリウッド映画のようなワンシーンだが、恐ろしいことにこれは現実なのである。ただこの生き物が出てきたことによって、俺の興奮が収まったのは事実。やはりモフモフには癒し効果があるのだろうか。


「これは俺が名付けないとダメなのか?」


『ダメではありませんが、名付けをされると絆が深まり、お互いの位置や危険などを察知できるようになります。ですから、これから旅をされるにはぜひ名付けをされる方がよろしいかと。


特に大きなリスクや、何かを失うことなどありません。そもそもダンジョンに行くのであれば、案内役としても必要でしょう』


「わかった。なら考えよう。名付けはあとでいいか。今すぐには出てこない(正直大勢の前で言うのは恥ずかしい)」


“問題ありませんラ”


『こちらも問題ないですよ。この子に相応しい名前をお願いしますね』


その後細かい話を聞き、俺はこの世界と国の地図、そして旅立ちの資金をもらい城を出た。


あの品物(リアル・ソーマジック・ギア)が届いてから1時間くらいしか時間がたっていないように思う。なんと慌ただしい一日なのか。しかもこれはどうやら現実、これから何がどうなっていくのか、まったく想像できない自分がいる。とはいえ、ここで立ち止まってもしょうがない。まずはやるべきことを整理しよう。



・拠点を確保する

・タヌコに名前を付ける

・この星について把握する

・もう一度装備と道具を把握する

・食事をとる

・ダンジョンを知る

・自分の強さを把握する

・仲間を集める

・他に現実に戻る戻る方法を探す



考えてみるとなかなかハードだ。俺はやっていけるのだろうか。


城から踏み出すと、確かに眼下に広がるのは、ゲームでお馴染みでもあるイスタ王国そのもの。中央にある塔も、その近くに見える建物も巨大な樹も記憶にある通りだ。しかし一抹の不安が横切る。


まさかの異世界転移。


俺は果たして日本に戻ることができるのだろうか…




~~


その頃のスカーレット王女。


ニヤけながら、左手で平べったい長方形の箱を持ち、右手の人差し指でいじっている。


「マサノリ様。今日で20人目、ようやく最後の一人が来ました。


反応は他の人とほぼ同じですが、魔力のキャパが多めで素質はありそうです。


次はいつこちらに来られそうですか?


その時に二人で食事でもいかがですか?こっちでタラスパを作ってみたんですよ。早く会いたいです。


と、はい、送信」



「名付け、この世界を考える」へつづく

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