#2 青い森の魔物【2-8】

 エミリアはその声に素早く反応して。

すかさずその声から距離をとるため跳んだ。

一蹴りで木々の隙間をすり抜け、10メートル以上を移動。

振り向き様に臨戦態勢をとる。


 だがエミリアが振り向いた先。

その目前には閃く刃。


 エミリアはその刃をかわすため上体をらすが、刃はその軌道を変えて。

エミリアが回避行動をとっている間に、長剣の刃が4度エミリアを斬りつけた。

彼女の肩、腕、両脚から鮮血が飛ぶ。


 傷はそれほど深くないが、さらに次々と刃が閃いた。

凄まじい高速の連擊。

エミリアをなぶるようにその体を傷だらけにする。


「ハハハハ、イイ気味ダナ」


 聞き取るのが難しいほどの早口で、剣の主は呟いた。


 エミリアは防御の姿勢から声の主を盗み見る。

その視線の先には意地の悪い笑みを浮かべた少年の姿。

少年少女達のグループのリーダー格のあの少年だ。


 その手に握った長剣があり得ないほどの速さで振るわれる。

その剣はエミリアの肩を貫いた。


 痛みに悲鳴をあげるエミリア。

彼女が手に持っていたランタンがその手から滑り落ちる。


「ドウシタ? 俺ハ弱者ナンダロウ?」


 相変わらずの早口で少年は言って。


「……オっと、早口デ聞こエてなかったカな?」


 リーダー格の少年は喋るペースを落とした。


「後をつけてタが、まさか自分から一人にナッてくれるとはナ。さっきの礼をたっぷりしてやるゼ」


 そしてその後ろから現れる他の少年少女達。

少女はばつが悪そうだが、他の3人はリーダー格の少年と同じくにやにやと笑っている。


「やっぱりその剣強いですね。僕も自己強化型のソードアーツを使ってみたいです」


 最年少の少年が言った。


「やめとけやめとけ。お前みたいなチビには10年はぇよ」


 隣の背の高い少年がけらけらと笑う。


 少年達の態度にエミリアは侮蔑ぶべつの言葉を吐き出しそうになって。

だがその言葉を飲み込むと、真剣な声音こわねで訴える。


「あなた達、今はそれどころじゃないの」


 エミリアが言うとリーダー格の少年はわざとらしく首をかしげた。


「なにか問題デも?」


「アーくんが、アーシュが村にいないの。多分この森のどこかにいると思う。危ないから早く見つけないと」


 少年少女はお互いに視線をかわした。

 次いで少年4人は大笑いする。


「知ってますよ」


 最年少の少年が言った。


「知ってる……? アーくんがどこにいるか知ってるの?!」


「あア、知ってルよ。アーシュガルドは今頃、青い森ダ」


「青い森?」


「そ。この森の異変の元凶」


 坊主頭の少年が答えた。


「永久ダンジョン化した森林型の魔宮の地下から突然現れた青い洞窟。そこから森が青く結晶化して拡がってる。そこでは魔物も結晶化して死んでくが、代わりに見たこともない魔物がそこから時折出てくるのよ」


「なんでアーくんがそんなところに……。まさか、あなた達が!?」


「ピンポーン」


 背の高い少年が言った。


「ちょっとした度胸試しよ。青い森に目印を置いておくからそれを取ってこれたら虐めはやめて、冒険者の素質があるって認めてやるってね」


「そのためにわざわざ武器庫を開けるのを僕らで手伝ってあげたんですよ。アーシュさんは要領悪くて一人だと何もできないので」


「なんでそんなことを」


「簡単ダよ。目障りだったンだ」


 リーダー格の少年は顔をしかめた。


「新しイ剣を手にいれテ、いらなくなったから皮肉のつモりでやった火属性の低ランク剣をいつマでも大事ソウに使ッテヨ」


 その口調はだんだん早くなっていく。


「ウザイウザイウザイ。あノ落ちこボれ、すグニ挫折スルト思ッタノに。ソレナノニ、イツマデモ冒険者二ナルッテ聞カナイ。……俺の言うことはなんでも聞いたのに。当然だ。俺には才能があってあいつは落ちこぼれ。あいつは俺の凄さをただたたえてればそれで良かったんだ。俺の庇護下ひごかでしか生きられないんだあいつは」


「なにそれ」


 エミリアは肩に刺さった剣の刃を掴んだ。


「アーくんは怪我をしてた。元々まだ魔物と1対1で戦うにも力不足。そんな状態で危険な場所に行かせるなんて! あなた達はアーくんが死んでもいいの?!」


 エミリアが怒鳴ると、少年達の顔から笑みが消えた。


「……その、足の怪我はポーションで治しておいたので状態は万全です」


 少女がおどおどしながら言う。


「そういう問題!? ……青い森の方向を教えなさい。あたしはアーくんを助けに行く」


 エミリアがリーダー格の少年をにらんだ。


「助けに行く? その状態でか? そんな傷だらけの状態でどうする。そもそも俺達が教えるとでも?」


「教えてくれないならそれでもいい。自分で探すから」


「はは、まさか逃げられるとでも思ってるのか」


笑いながらリーダー格の少年が言った。


「邪魔するなら力ずくでもいかせてもらうよ」


「力の差ははっきりと見せつけたと思ったが」


「でももう、ソードアーツの効果は切れてるよね。さっきから喋る声が普通だよ」


 エミリアは顔を上げた。

その目に灯す赤い輝きが強まって。


「ケケ、やるのかエミリア」


 アムドゥスが耳元で呟いた。


「赤く光る目! こいつ魔人だ!」


「やばいですよ! 魔人が相手なんて」


 うろたえる少年少女。


 だがリーダー格の少年はニヤリと笑った。


「おもしれぇ。魔人狩りははくがつくぜ。全員構えろ。相手は傷だらけ、俺らでも討伐できるぞ!」


 エミリアは半眼でリーダー格の少年を見ると鼻で笑った。

いで魔宮を展開する。


顕現けんげんして、あたしの『在りし日の咆哮シャルフリヒター』!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る