#1 最小展開域のダンジョンマスター【1-9】

「もう……おしまいだ」


 キールが呟いた。

剣を構えていた腕がだらりと下がる。


「……くそ。くそくそくそくぉ!!」


 いで激昂げっこうして。


「この私が! この私がこんなところで……!? あと少しで……この任務さえ成功すれば私は上位管理権限を獲得できたものを」


 立ち尽くすキールのそばにエミリアが駆け寄った。


「キール様、まだ諦めては。剣を構えてください。きっと他に手段があります」


「他に手段があるだと?」


 エミリアが言葉をかけると、キールはギロリと視線を返す。


「元はと言えば貴様が最初に魔人をすぐ仕留めていればこんな事にはなっていなかった。そしていまの現状を見ろ。あのボスにはこちらの攻撃がほとんど通用しない。さらにここでは魔宮の展開もできない。それでどうあのスケルトンを倒すつもりだ?」


「…………それは、その」


 エミリアは口ごもってしまう。


 その時、異形のスケルトンが攻撃を再開。

キールは自身に迫る腕に気付いた。

だが大きく息を漏らすとうつむいて。

キールは観念したように微動びどうだにしない。


「危ない!」


 エミリアがとっさにキールの腕を引いた。

だが振り抜かれた巨大な手がキールの片足をもぎ取って。

キールは体勢を崩し、その場に倒れ込む。


「ああ、そんな」


 エミリアの顔が青ざめた。


「キール様に死なれたら困ります。私の家族や村の人達が」


 あわてふためくエミリアに視線を向けると、キールは思わず笑い声をあげた。


「ホントに馬鹿な小娘だ。────嘘だよ、全て」


 キールの言葉にエミリアは絶句した。

前髪の隙間から覗く瞳が驚きに見開かれる。


「そもそも村が魔物の襲撃を受けたのも私が仕組んだ事だ。全ては魔人の手駒を得るためのな。貴様のような無知な小娘が魔人堕まじんおちしたのは僥倖ぎょうこうだったわ。……まぁ、全てはもう意味がない。はは、ぎゃはははははは────」


 エミリアの耳にキールの笑い声がけたたましく響いた。

彼女の頭の中が真っ白になって。


「…………そんな、あたし今までなんのために」


 エミリアの声が震える。


 その目からこぼれ落ちる大粒の涙。

エミリアは肩を震わせ、嗚咽おえつを漏らす。


「嬢ちゃん、今は泣いてる暇はないぜぇ?」


 エミリアに話しかける小さな黒い影。

エミリアが涙をぬぐうと、そこには獣の頭蓋骨を被ったカラスのような魔物──アムドゥスがエミリアを見上げていて。


「泣いてたって始まらねぇ。戦いな。じゃないと死ぬぜ?」


 アムドゥスが言った。


「死んだっていい」


「へぇ、そうかい」


「むしろ死んだ方がいい」


「そうなのかい」


「だってあたしは魔人だもん。人を喰う悪い化け物」


「魔人は悪い・・化け物なのかい」


 エミリアは小さくうなずいた。

それにアムドゥスは首をかしげて。


「なら嬢ちゃんはどんな悪さをするのか俺様に教えてくれよ。嬢ちゃんはだますのが好きか? 奪うのが好きか? 傷つけるのが好きか? 殺すのが好きか? 喰うのが好きか?」


 エミリアは全ての問いに首を左右に振った。


「そもそもお前さんは私利私欲のために魔人になったのか?」


「…………違う。あたしは、家族と村の人達を守りたくて────」


「ケケケ、ならダメだな」


 アムドゥスはそっぽを向いた。


「お前さんがホントに極悪非道な魔人様なら鞍替くらがえしようかとも思ったが、お前さんみたいないい子・・・ちゃんに鞍替くらがえしたって今と大差ねぇや」


 エミリアは首をぶんぶんと大きく振って。


「違う。私は魔人、いい子なんかじゃない」


「そんじゃ、あいつも悪いやつか?」


 アムドゥスはディアスに視線を向けた。

他の冒険者の武器も交えながら必死に異形のスケルトンに応戦するディアス。

冒険者をかばい続け、その体はすでにぼろぼろだった。

だがディアスは諦めない。

ただ1人異形のスケルトンに挑みかかり、チャンスをうかがう。


「あいつも嬢ちゃんと同じ魔人堕まじんおちだ。嬢ちゃんとは違って俺様の主が気まぐれを起こして魔人になっちまったんだがな。どうだ? 極悪非道な魔人が人間かばってなぶられる様は、悪い子の嬢ちゃんとしては愉快でたまらないんじゃないか」


 エミリアは答えない。

ただ剣を振るい続けるディアスをじっと見つめている。


「あいつは今チャンスを待ってる。あのでっかい骸骨が攻撃の手を止める瞬間をだ」


 アムドゥスはエミリアに視線を戻した。


「そこいらの冒険者じゃダメだ。かといって冒険者筆頭のおっさんはソードアーツをさっき使っちまった上にそのざまだ。となればそのチャンスを作れるのはもう1人しかいねぇよなぁ?」

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