第135話 傷跡と向き合うこと
刀を振り下ろす。
唸りを上げて何度目かの風の断層がヴェレファルのローブ姿を切り裂いた。
顔の横凪ぎと胴の横凪ぎで4つにヴェレファルの姿が割れるが……霧のようにその体が繋がった。
「これでもダメか」
空を断つ斬撃。あらゆるものを切り裂く、俺の最大の攻撃技だがこれでもダメか。
ローブの部分を切っても手ごたえがないから、仮面や籠手の金属っぽい部分を狙ってみたが。これもまったく効いている気配がない。
アルフェリズで戦った、あのヴェパルのようだ。
【ფრთის დანა】
ヴェレファルの詠唱と同時に金属の翼が大きく伸びた。無数の羽根が刃の様にきらめく。
巨大なギロチンの刃のような翼が左右から薙ぎ払ってきた。
「風よ!」
左右に風の断層を立てる。断層にぶつかった金属の翼が拉げた。金色の光が散って、翼がまた元の大きさに戻るが。
今度はヴェレファルが剣を振り下ろしてくる。紫の光が空中に軌跡を描いた。
光は風では止められない。
横に飛んで躱したところに紫の斬撃の光が走り抜けていった。
音もなく飛んだ光が地面に深い溝を穿つ。俺の風と同じ斬撃で断層を穿つような攻撃っぽいが、威力が違いすぎる。
「これならどうだ!」
銛の様にとがらせた風の断層が胴の中央を貫いた。
ねじり込むように風が渦を巻いてローブの部分が歪む。胴の中央に巨大な穴が開いたが、それもまた元に戻ってしまった。
最初は少し警戒する仕草を見せていたが、さっきから避ける素振りすらないな。
何か仕掛けてくるか、と思ったがヴェレファルは特に動く気配を見せなかった。
下がって息を整える。ポーションを片手で懐から取り出して飲んだ。体に魔力が戻る……あと2本か。
かなりの風の断層を斬撃の様に浴びせたが、まったくダメージがない。
文字通りバラバラになるくらい切ってもあっさりと元に戻ってしまう。
風司の練成術は魔力を帯びるから魔族にも多少は効果があるが、こいつほどになると無力ってことか。
『いや、素晴らしいですね。見事な技ですよ。人間にしては、なかなかだ』
「全然そう思ってないだろ」
『いえいえ、とんでもない。私は嘘は言わない主義です。見事ですよ……私には効かないというだけでね』
ヴェレファルが余裕を感じさせるように、やれやれという感じで手を振った。
仮面の表情はないが、仕草で感情は伝わってくる。
『だからこそ。実に憐れなものですね、ライエル』
「なにがだ?」
『貴方は強い。なのに、それほどの力を持ちながら、あなたは時代に阻害され、仲間に追い払われ、貶められてきたのですよ。思い出しなさい
【შეახსენეთ წარსული მემორისები】』
不意に目の前の景色が変わった。
◆
何処かと思ったが……これはアルフェリズの風の行方亭だ。
テーブルの向こうにはヴァレンとロイド、それにイブとエレミアがいた。
「あんたはよお、もう時代遅れなんだよ」
あの日の風の行方亭のテーブルの向こうでロイドが言った。
「悪いが、違う方向に進むことになった」
横から声が聞こえてそっちを向く。
一瞬で景色が変わっていた。この景色も覚えがある。アルフェリズの近くの村の酒場だったはずだ。
「ということで、ライエル。今日で終わりだ」
目の前にいたのは、ロイド達と組む前のパーティのリーダーの男だ。
25歳くらいの腕の立つ前衛だった。名前はなんだっただろうか。
何回か討伐任務をして言われたことを覚えている。
「練成術師は……もう要らないな」
「中衛をいれるくらいなら、前衛を厚くする方がいいに決まってるだろ。他を当たれよ」
「今じゃあんたにみたいな戦い方に奴に居場所はないよ」
「此処でお別れだ。まあ縁がなかったってことだ。悪く思うなよ」
「いてくれてもいいが……やっぱり練成術師はいなくても問題ないな」
目の前に何人もの人間と景色が横切っていく。
どれも見覚えがあって、聞き覚えがある。ここ数年で言われた、パーティを外される時のセリフだ。
ぐるぐると景色と声が渦を巻いて突然消えた。
◆
いつの間にかさっきまでの草原に戻っていた。
ヴェレファルが目の前にいて、テレーザの詠唱が聞こえる。
『いいですか、ライエル。貴方は被害者なのです。虐げられ、侮辱されたのです。貴方には貴方を不当に扱った連中に報復する権利があります』
ヴェレファルが手を広げて猫なで声のような優しい声で言う。
『私は貴方の味方です。貴方の気持ちはよくわかる。
屈辱を晴らす力を与えてあげましょう。どんなものをも打ち破れる、強い恩恵を与えてあげましょう。貴方を軽んじたものに報復するのです』
「【……平穏なるときは続き、風が水がすべてを洗うがごとく人はその災厄を忘れさる。
されど平穏は永劫にあらず。災厄とは人ならざる者の気紛れによりなれば】」
ヴェレファルが詠唱を続けるテレーザの方に目をやった。
『そのテレーザもそうでしょう?虐げられ軽んじられてきた。貴方も知っているはずだ。
なぜあなたたちを認めなかった愚か者のために命を懸けるのですか?守る価値など無い。むしろ彼らの犯した過ちを教えてやればいいでしょう』
また目の前に過去のビジョンが浮かんだ。
浴びせられた声が反響するように聞こえる。まったく嫌なことを思い出させてくれるな。
だが。
「なるほど、お前の黒魔法はこういうものってわけだ。姑息だな。だが、妙な特殊攻撃を持ってないのは助かるよ」
地面に潜るだの、やたらと殺傷力の高い霧をそこら中にばらまくだの、切られたら傷が治らないだの、今まで戦ってきた魔族の能力はどれも厄介だった。
それに比べればマシだな。
『私の前で嘘をつく必要はありません。貴方の心にはわだかまりを感じる。貴方を侮ったものへのね。
正直になりなさい。あいつらに報復したいでしょう。ひれ伏させたいでしょう』
「確かにまあ……わだかまりも怒りもなくはないさ」
もし、あの時。
どこのパーティにも入れず、誰にも求められず冒険者を引退することになっていた時なら、この誘惑に抗えなかったかもしれない。
「だが、間違うな。今の俺は不幸じゃない。お前に哀れまれる筋合いはない。
お前と対峙しているこの時もな」
過去に憎しみも怒りもある。別に許したわけじゃない。それは間違いない。ただ、それに囚われる気はない。
そして今は守るべきものがある。そっちの方が大事だ。
「それに報復するにしても自分でやるよ。魔族に施しは受けない。自分でやるからこそ誇れる……いろいろやってくれたが、お前のその小細工は効かないぜ」
ヴェレファルが首を振った
『そうですか。では精々無駄な抵抗を続けるのですね。【ფრთის ბალეტი ასე და】』
翼から金色の羽根が次々と浮かび上がった。百本近い羽根が太陽の光にきらめく。
「風よ!」
あの羽根は風の断層で防げる。
次々と飛んでくる羽根が断層に当たってはじけ飛んだ。
こいつを斬ることはできなそうだが……詠唱が終わるまではまだ時間が必要だ。
どうする。
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