第128話 何者かの思惑・中
「この状況で遠征だと?」
団長が吐き捨てるように言ってもう一度書簡を見た。
今まさに王都のあちこちで魔族だの魔獣だのが出ているタイミングで前触れなく遠征命令っていうのは、あまりにも変だが。
「命令とあらば従うしかないのだが……」
団長が少し考え込んでテレーザの方を見た。
「テレーザ。お前らの知人にアレクト―ルの
「はい」
テレーザが答える。カタリーナの事か。
「解せない指示だ。確証が欲しい。その知人に探知の状況を聞けるか?」
「恐らく……可能です」
「裏を取れ。今のこの状況で遠征するのは不審だ。本当に魔族がいるなら従うが……それにあまりにも急すぎる」
そう言って団長が俺の方を向いた。
「ライエル、気を付けろ。どういう状況かは分からないが、決して平穏ではないことくらいは分かるな?」
「ええ、もちろん」
「命令では2日後の朝に出発だ。ご丁寧なことに中央駅の広場で出撃の披露までしてくださるそうだ」
「時間がそんなに無いってことですね」
実質的に動けるのは明日一日だけか。
そこまでお膳立てされていると、こちらの都合で調べる時間もない。
「そこで情報を得られなければ?」
「ルーヴェンに聞くのが早いだろう。師団で宰相殿と一番近しいのはあいつだ」
「どうやって聞くんです?」
今はこっちが宰相に疑惑をもっていることは悟られない方がいい気がするが。
「私はまどろっこしいことは嫌いだ。それに今は持って回って聞いている暇はない。直接聞いて吐かせる」
「仮に……宰相殿が魔族と組んでいた場合は?」
こうなってしまうと、その展開も考えておかなくてはいけない。
「ルーヴェンがもし魔族に操られていたり、もしくは魔族が化けているなら。その場で奴を殺すことも選択肢に入れるべきだろう……その先は状況に合わせて動くしかあるまい」
そう言って団長が僅かに逡巡するように俯いた。
「その場合、宰相殿がなぜこの師団を編成したのかわからんが……役目を果たす。相手がだれであろうと関係ない。宰相殿であってもな。お前らも腹を括っておけ」
一緒に戦った仲間と対峙するのは嫌だが。
団長が窓の方を一瞥した。すでに日が落ちつつある。カタリーナにこの後会うのは無理そうだ。
「今日はもう何もできんか。いずれにせよ時間がない。明日、早々に動け。いいな」
「了解しました」
◆
その日の夜。
いつも通りレオノーラさんの用意してくれた夕食を食べた。干し肉と玉葱を混ぜたオムレツと野菜スープに柔らかく焼いたパン。
料理はいつも通りなんだが、空気が妙に重い。
オードリーとメイが二人で顔を見合わせて、なにか言いたげに俺の方を見て、何も言わずにまた顔を見合わせる、というのを繰り返していた。
本人たちは気づかれてないつもりのようだが……普段は今日は何があったとか、どこに行ったとか賑やかに話しながら食べるのに妙に静かなだけで十分に違和感がある。
「どうした?」
聞くとまた二人が顔を見合わせた。
「叔父さん……あのね」
「ねえ、叔父さん、遠くに行っちゃうの?」
おずおずとしたって感じのオードリーの言葉にスープを吹き出しそうになった。
「なんで知ってる?」
「今日の授業で先生が言ってたの。叔父さんの師団が都を見捨てて行っちゃうって」
不安げな顔でオードリーとメイが俺を見た。
給仕をしてくれているレオノーラさんも素知らぬ風をしているが、気にしているのか水差しで水を注ごうとしたところで不自然な体勢で固まっている。
「いや、大丈夫さ。遠征するが、すぐに戻ってくるよ。2日もかからない」
「本当に?」
「ああ、勿論だ」
とっさに嘘が出てしまったが。そういうとオードリー達は安心したように笑ってまたスープを一口飲んだ。
ただレオノーラさんはまだ不安そうだ。
しかし……今日の午後に命令が来っていうのに、情報の拡散が速すぎるぞ。どうなってんだ。
◆
翌日。
テレーザとカタリーナ、それにアステルで前と同じカフェに集まった。
席についてしばらく待っていると、仕切りの薄い黒のカーテンをくぐってカタリーナとアステルが入ってきた。
カタリーナは硬い表情だ。遠征の事は知っているらしい。
アステルは我関せずというか、いつも通り礼儀正しくカタリーナに椅子を引いてやっていた。
二人とも知っているのは、まあ当然か。
オードリー達でさえ知っていたんだから知らないわけがない。
カフェに来る途中ですでにその話題を話している人を何人もいた。
聞こえてきた言葉は総じて批判的なものだ。
魔獣や魔族が現れているという異常事態に、最大戦力の師団が宰相の命令でヴァルメーロを離れるんだ。不安とか不満とかそう言うのが出るのは当然だろう。
注文したお茶が運ばれてきた後、早速昨日の事情をことを話す。
カタリーナが聞き終わってすぐに答えてくれた。
「今の所、そんな探知の報告は受けていないわ」
「確かか?」
はっきりした口調だから確かなんだろうが。
「それは間違いないわ。今は宮廷魔導士団とアレクト―ル魔法学園の魔法理論部門が魔族の出現を監視をしているけど……北部に現れたなんて、そんな話は聞いていない」
「なら……一体何が目的なのだ?」
テレーザもあまり浮かべない困ったような困惑したような顔で俺を見るが。
そんな顔で見られても、俺にもわからん。
宰相と魔族が組んでいるなら、この命令は解せない。
いったいどういうルートで噂が伝わっているんだかわからないが、王都の民を守る宰相の旗下の対魔族師団がこの時期に王都を離れるという話は相当な速さで拡散してる。
数日前までは英雄扱いだった師団と宰相だが……評判は急降下中だろう。
魔族が何か思惑があって、俺達を王都から引きはがしたいんだろうか。
俺達がいない間に何か企んでいるのか。
ただ、行動が一貫していないというか、何かを目指して動いているというより、事態を混乱させている気がする。
いずれにせよ、この北部への遠征命令は意図が分からない。
「これからどうするの?」
カタリーナが聞いてくる。答えていいものだろうか。
「私も情報を出したのよ。そっちが口をつぐむのは公平じゃないのではないかしら」
カタリーナが少し怒ったような口調で言う。
聞いておいていうのもなんだが、どっちかというとこれ以上この件の首を突っ込むのはヤバいんじゃないかという気がする。
どういう形か分らないが魔族が絡んでいる可能性が高い話だ。
テレーザと顔を見合わせるが、カタリーナが促す様にテレーザを睨んだ。
「……宰相直属の副団長を問い詰める」
テレーザが答えた。
もしカタリーナから情報が得られなければ、ルーヴェン副団長を問い詰める。師団の中で宰相に一番近しいのはあの人だ。
宰相に直接会えないなら、副団長に聞くしかない。
カタリーナが頷いた。
「ならあたしも手伝ってあげるわ。いいわね、アステル」
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