第127話 何者かの思惑・上

 お待たせしました。

 ほぼ最後まで描きあがったので一気に行きます。



 カフェを出た後、師団の詰め所、というか団長の屋敷に行くとなにか慌ただしい空気が漂っていた。

 怪我人が出たらしく治癒術師の詠唱の声と、かすかな血の匂いが漂ってくる。


「どうかしたのか?」

「また魔族が出ました……ヴァルゼフォンです」


 疲れた顔のラファエラとフルーレが教えてくれた。

 ヴァルゼフォンは……最初の討伐で戦ったあの鎖を持ったやつか。

 これもあとから分かったことだが、下位の魔族や魔獣を支配下に置くタイプだったらしい。


「倒せたのか?」

「私の力をもってすればどうということはありません」


 ラファエラがテレーザの方にちらりと目をやって言う。

 相変わらず対抗意識を感じるな。


「従えていたのがゴブリンだったのでどうにかなりました……それに今はこれもありますから」


 フルーレが言って腰に挿した剣を叩く。

 普段の愛用の片手剣ともう一本の剣がベルトに吊られていた。例の魔族に効果があるという剣か。


 ラファエラが余計なことを言うなと言わんばかりにフルーレを一睨みして、フルーレが顔を逸らした。

 しかし、あのクラスの魔族が現れるようになっているとは、事態の深刻さが増している気がする。どうにかしないぞマズイぞ。



 混乱した詰め所には団長の姿は無かった。

 ホールを抜けて団長の部屋のドアをノックする。


「入っていいぞ」


 少しの間があって返事が返ってきた。


「失礼します」


 入ると、団長がソファに腰かけて書類を読んでいた。

 何の用だ、と言わんばかりに団長が鋭い視線で俺達を一瞥する。

 ちょうど周囲には誰もいない。普段は団長に付き添っていることが多いルーヴェン副団長も居なかった。


 不確定な話だから、この話を知るのは少ない方がいい。

 それにルーヴェン副団長にはなおのことだ。あの人は宰相の直属のはずだしな。


 団長だって信用していいのか分からないんだが。

 この間の戦いを見る限り演技とかそういう感じはしなかったし、あの人はそういうタイプではなさそうだ……とはいえ確実ってわけじゃない。


 これについては、テレーザとどうするべきか話し合った。

 団長に話すのはある意味賭けではあるんだが……宰相と魔族がどういうつながりがあるにせよ、いろんな意味で俺とテレーザだけで対抗できる相手じゃない。

 味方はどうしても必要だ。

 

「なんだ、用があるなら早く言え」


 団長が書類とこっちに代わる代わる視線を向けつつ言う。

 カタリーナから聞いた話も含めて一通りのことを話すと、椅子に腰かけたままの団長が沈黙した。

 重苦しい緊張感が静かな部屋に漂う。


 まさか……とは思うが。

 テレーザと目配せしていつでも風を使えるように意識を集中する

 

「……最初からなぜ私に話を持ってこないのだ」


 団長が詰問するような口調で言って俺を睨んだ。


「私が魔族に与すると思うのか?」

「いや、そんなことは無いと思ってますよ」


 テレーザが隣でため息をついた。

 とりあえずこの人が何らかの形で魔族と関わっている、という可能性はなさそうだ。


「まあだが、用心深いのはいいことだ。この師団には宰相殿に近しい方が多いからな」


 そういって団長が部屋に鍵をかけてソファに深く腰掛けた。


「可能性を考えてみるか……宰相殿が魔族と手を組んでいる」

「俺はそれは無いと思いますが」


 本当に魔族と組んでいるなら、何をするにしてももっと直接的な手段を取るだろう。

 仮に王の地位を狙うなら魔族と組まなくても、あの人なら政争に持ち込めばいいだけな気がする。


 魔族と組むなんてそんなリスクの高いことをする必要はないし、それで国の実権を握ったとして、その代償として何を求められるのやら。

 魔族を使って他の国を侵略するとかの方がまだありそうだ。 

 

「あの方はそんな方ではない……と言いたいところではあるがな、人間はどうなるかなど分からん」

「ええ」


 冒険者をやっているといろんな奴に会う。

 口では勇ましいことを言っていても土壇場で逃げ出したり、金に汚かったり。人は思いもかけないような裏の本性を秘めていることはある。

 勿論逆もあるんだが。


「それに、王の地位を狙うなら。あの地位や立ち位置なら、暗殺の方が話が早いだろうな。そもそも魔族と組む意味がないし、そのつもりがあるなら既にやっているだろう」


 団長が物騒な意見をはっきり言う。

 この辺は俺も同意見だ。冒険者出身らしい合理性を感じるな。


「魔族に操られている……というのは」

「ふむ、その方がありそうだな」


 魔族の能力はかなり個別に差がある。

 単に知性をもって戦うだけではなく、それこそ人をだましたり魔法で支配下に置くような奴がいても不思議じゃない。

 意思の疎通ができる魔族がいることは、この間ザブノクが証明してくれた。


「しかし、魔族が絡んでいるとしてだ、何をしたいのだ?」


 団長が言う。

 そこは俺にもさっぱり見当がつかない。横に目をやると、テレーザも分からないと言いたげに首を振った。


 ザブノクに限らず、魔族はかなりの脅威だ。

 それこそバフォメットとかのレベルでもB帯あたりだと事前の準備無しで対抗するのはかなり難しい。

 魔族を使役して戦争の一つでも起こせそうだが、そんな気配はない。


 宰相を持ち上げようとするにしてもどうにも中途半端だ。

 それに、俺たちの師団は魔族にとっては邪魔なはずだ。なぜ俺たちをそのままにしているのか。


「……どうしますか?」


 そう聞くと団長がソファに座ったまま少し考えこんだ。

 静かな部屋に遠くから団員の声が聞こえてくる。


「……私は最初に与えられた命令を守るだけだ。我が国のために魔族を殲滅せよ、という命をな。宰相殿がどういう意図であれ、これが宰相殿から下された命だ。変更はない」


 自分に言い聞かせるように団長が言って俺たちを見た。


「テレーザ、お前の方で何か探れるか?」

「……何とも言えません。私の知人が今のところ頼りです。父は療養中ですし、母は当主代行ですがあまり宮廷にはつながりがありませんから」


 カタリーナの話では宮廷に姿が見えないということらしいが、今のところはそれ以外に今の所情報がない。


「そうか。私も宮廷への伝手は無いに等しいからな」


 団長が言う。

 まあ確かにこの人は宮廷で貴族と付き合うという感じではないな。この点については俺も人のことは言えないんだが。


「その知人から得られる情報は逐一私に報告しろ。いいな」


 団長の言葉にテレーザが頷いた


「この件は今は内密にしておけ。分かっていると思うが団員には貴族が多い。恐らく国王派も宰相派も居るだろう。

憶測の状態でみなに知られると話に尾ひれがついて収拾がつかないことになる」


 団長が真剣な口調で言う。

 冒険者たちもそれぞれ魔族と戦ってはいるようだが、今の所、組織的に魔族と戦っている最大戦力はこの師団だ。


 この師団が内部分裂するわけにはいかない。 

 魔族が何らかの形でこの一連の事に関わっているとして、ザブノクを討伐した師団が戦力を削がれるのは、そいつの思うつぼだろう。


「団長殿」


 話をしているところでドアがノックされて、ドア越しに声が聞こえた。

 張り詰めていた空気が緩む。


「なんだ?」

「いま宰相殿から使いが来て書簡が届いています」


「うわさをすれば、だな」


 団長が立ち上がって鍵を外すと、団員の一人が入ってきた。

 俺とテレーザを怪訝そうな目で見て、白い封筒を団長に渡す。

 封筒をナイフで切って中を読んだ団長の顔色がさっと曇った


「なんです?」

「遠征の命令だ……師団全員で北部、アルコネアへ向かえ、出立は2日後」





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