第122話 幕引き

 錆びついた扉がきしむような、金属をねじるような耳障りな音が響いた。

 ザブノクの体がまるで布が絞られるように歪む。 

 腕や槍がねじ曲がって胸甲がひしゃげた。ライオンの口から悲鳴が迸る。


 黒い球が渦を巻くようにザブノクを体を捩りながら吸い込んでいく。

 黒い球が消えた時には、ザブノクの体の右半分がえぐられたように無くなっていた。



 体の半分を失ったザブノクがよろめいた。一瞬安堵したような空気が流れて、周りの貴族たちが歓声を上げる。

 これで終わりかと思ったが、ザブノクが倒れずに立ち直った。ザブノクがテレーザの方を睨む。


「死んでない?」


 テレーザが驚愕した感じで言う。

 体半分がごっそりなくなっているのに、あれで死んでないのか。


『人間ごときがこれほどの魔法を操れるのか』

「皆!気を抜くな!」


 団長が叫ぶ。まだ死んでない。

 なら何か仕掛けてくる。柄を握り直して緩みかけた気分を奮い立たせる。

 安心するのは完全に殺してからだ。


『思い知るがいい!მილიონი წვიმის დანა』


 黒魔法の詠唱とともに、頭上に白く輝くナイフが浮かんだ。

 広間全部を覆うような何百本ものナイフがランプの明かりを反射してきらめく。今までの数の比じゃない。

 誰かが悲鳴を上げた。


「風司の11番【天地にて荒れ狂う嵐はまさに災厄なれどその猛き姿は真実の全てにあらず。すべてを凪ぐ嵐が守るは、その内の平穏なる草原】」

『死ね!人間ども』


 ナイフが雨のように振り注いでくるが、間一髪間に合った。

 ドームのような風が吹いてナイフが吹き散らされて壁や天井に突き刺さる。

 広域を風の壁で覆い尽くす、防御系統の風司の術の最上位だ。これならそうは破れない。

 

『貴様!どこまでも邪魔を!』

「とどめ!」

「往生際が悪いんだよ、腐れライオン野郎!さっさとくたばれや」


 フルーレの剣が胴をまっすぐに貫いた。ノルベルトの斬撃が胴を薙ぎ払う。

 いい加減死ぬかと思ったが、ナイフがまた次々と空中に浮かんでノルベルト達に向けて飛んだ。


 さっきから見れば本数がかなり減っているから、ダメージはあるのは明白だが。

 まだ戦う気か。


「テレーザ、もう一発行けるか?」

「今のは流石にもう無理だが……なんとかしよう」


 テレーザの顔色もかなり悪い。

 たった一発なのにあれだけ疲れてるのは、さっきのは文字通りの渾身の一撃だったんだろう


「頼む」

「書架は北西、記憶の9列、参十頁壱拾弐節。私は口述する」


 テレーザが頷いて詠唱を始める。

 あいつを完全に殺すまでは休んでもらうわけにはいかない。


 団長やノルベルトが入れ替わりながらザブノクに切りかかる。

 片腕と槍を失っているからそうは躱せない。斬撃が体を捉えて傷が増えて行くが。


『ზვიგენის ტალღის დანა』


 不意にザブノクが詠唱をした。まだ戦えるのか。

 団長たちが飛びずさると同時に、サメの背びれのように曲刀が床から生えた。 

 刃がザブノクを守る壁のように旋回する。


 お前こそ潔くさっさとくたばれと言いたいんだが。

 体の半分がえぐられたようになっているのに動くのは、壊れた人形のような、シュールな姿だ。

 

『この私によくもやってくれたな、人間風情が』


 ザブノクが憎々し気に言って俺達を見回す。

 ザブノクの残った左手に黒い闇が集って細い棒のようなものが浮かんだ。また槍を作る気か。


『侮ってしまったようだな、そこは認めよう』


 周りを囲む団員達もダメージが濃い。

 それぞれの正装には血の跡が付いていて、顔にも疲労の色が浮かんでる。

 誰かが小さく悪態をついた。


 たんなる傷より、あれで終わったと思ったのにまだ戦いが続くっていうのは気分的にかなりしんどいものがある。

 というか一体どうすればこいつは死ぬんだ。首を落とせばいいんだろうか


「皆!もはやこいつは死ぬ寸前だ。とどめを刺すぞ」


 団長が大声で周囲を鼓舞する。

 ザブノクのライオンの口が薄笑いを浮かべるように動いた。


『甘いな。傷を負ったとはいえ、わが力をもってすれば、これから貴様らを殺すことなど造作も……』


 そう言ったところでザブノクの体が硬直した。 


 

 ザブノクがよろめいて、苦し気な呻き声をあげた。

 全員がザブノクを見る。


『なんだ?これは……』


 残った腕でザブノクが苦し気に喉を抑える。

 ザブノクが首を絞められているかのように体を折って身をよじった。

 手に中に現れつつあった槍が霧のように崩れて消える。


『こんな……なぜ……?』


 ザブノクが何かを探すように周りを見回したが。

 硬いものがへし折れるような嫌な音がして、ザブノクがばたりと床に倒れた。



 倒れたままザブノクは動く気配はない。

 ザブノクを守るように周りを回っていた刃も消えていった。広間に沈黙が降りる。

 

「終わった……のか?」


 静かな中、誰かが呟く。

 真っすぐに硬直したザブノクの体がゆっくりと崩れて行って、後にはライフコアが残された……これはいつも通りだが。


 まだ戦えそうだったが、一体何だったんだ……ダメージが蓄積したってことなんだろうか。

 というか普通に考えればそもそも体の半分を抉られて動いているのがおかしいんだが。


「なにかやったのか?」

「いや……分からない」


 テレーザが首を振る。

 俺の傷から噴き出すように流れてた血が納まってきた。あの傷を負わせる能力が消えたってことだろうか。

 ということはやはりザブノクは死んだんだろうか。


 まだ、立ち上がるんじゃないかと思いつつ神経を集中して周囲を警戒する。

 恐らく他の師団員もそう思っているんだろう。誰も警戒を解く様子はない。

 張り詰めた空気が漂ったが……

 

「これなら流石に死にやがっただろ……クソが。ざまあねえぜ」


 ノルベルトが言って大剣を床に突き刺すと空気がふっと緩んだ。

 俺も刀を下す。フルーレたち前衛が膝をついてため息を吐いた。


 安心したが……それと同時に戦いの興奮で消えていた傷の痛みがよみがえってくる。

 思い出すとあちこち切られたり刺されたりしているんだった。


治癒術師!ヒーラー


 誰かが叫んで治癒術師が駆けつけてきた。

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