第121話 対峙するための力
「おらあ!」
気合の声を上げてノルベルトが黒い大剣を振り下ろした。
大剣が袈裟懸けにザブノクを切る。傷口から赤い煙が上がって、ザブノクが一歩下がった。
「逃げるんじゃねえよ、クソ野郎!」
返す斬撃が胴を薙ぎ払う。
もう一歩踏み込んでノルベルトが剣を切り返した。
ザブノクが剣を槍で剣を受け止めて火花が散る。さっきからロクに避ける仕草も見せなかったこいつが初めて防御した。
槍と剣が噛み合って音を立てる。
ザブノクが嫌がるようにノルベルトを押し返した。
「おうおう、効いてるみたいじゃねえか……いつもの
ノルベルトが剣を構え直して不敵に笑う。
漆黒の刀身に複雑な白い文様が描かれている、見たことが無い剣だ。
『それは一体』
「ちょいと拝借してきたのよ。てめえら魔族によく効く剣らしいぜ」
『ほう、そんな武器があるとは……人間よ、運が良いな』
「はあ?馬鹿か手前は」
ザブノクが感心したように言うが、ノルベルトが威圧するように大剣を一振りした。
「俺達は手前らをぶっ殺すための師団、これはお前等クソ魔族をぶっ殺すために魔法使いが……人間が作った武器だ。運が良いだぁ?たまたまあったわけじゃねえんだよ、ボケが」
ノルベルトが言う。
そういえば、冒険者ギルドかアレクト―ル魔法学園か忘れたが、対魔族用の武器を開発しているとかいう話をカタリーナがしていた気がする。
それがあれか。
ザブノクが傷に手を触れた。傷が消える気配はない。
これだけで致命傷とかじゃなさそうだが、それでもかなり効果はあるっぽいな。
『ふむ、弱き人間が我らに抗うための工夫というわけか……だが君もすぐ恐怖におののくことになる』
ザブノクが槍を振り上げる。
ノルベルトが応戦しようとするが、氷の杭が床から生えた槍を持った右手に突き刺さった。
氷が右手を封じるように白く染め上げる。
「正面から受けるな!ノルベルト!その槍は穂先が動くから止められん!」
「了解ですぜ、団長殿」
「槍は私が何とかする。他は急所に食らわねばそうは死なん。気合で耐えろ」
団長が相変わらず無茶なことを言ってノルベルトが平然と応じる。
ノルベルトが剣を構えて、槍を避けるようにザブノクの左に回りこんだ。
氷が砕けてザブノクが槍を一振りした。
ノルベルトと団長を変わるがわりに見る。
『弱き人間の涙ぐましい試みだな……だが所詮かすり傷に……』
突然ザブノクが言葉を切って目を見開いた。
俺の後ろから圧迫するような重い気配を感じる。
振り返ると、テレーザの前に黒い球のようなモノが浮かんでいた。
◆
波打つような黒い球。今まで見たこともないほどの漆黒の球だ。
見た目は手毬のような小さなものだが、俺でもわかるほどの強力なマナの塊。
周囲の景色が歪んで見える。
『これは?』
ザブノクが初めて動揺するのが分かった。怯えたように一歩後ずさる。
この魔法なら効果はあるらしいな。
「逃がすな!」
「【我が名において揺蕩うマナに命ず。
ローランの詠唱が終わって、ザブノクに黒い影のようなものがのしかかった。
床にひびが入ってザブノクがひざを折る。
ノルベルト達、前衛組が切りかかる。
ザブノクが重たそうに槍を振り回した。だが1人が槍を受け止めて皆が切りつける。
血のような赤い煙が傷口から吹き上がった。
『この程度で私を縛ったつもりか』
ザブノクが咆哮を上げると、ザブノクにまとわりついていた黒い影が消えた。
ザブノクが槍を振り上げる。
「逃がしません!【此処は幽世1階層、天を覆うは
ラファエラの詠唱が終わると地面から緑の縄が伸びた。
ザブノクに絡みついた縄が絡みあって網のようにザブノクを抑え込む。
「【我が名において揺蕩うマナに命ず。
またローランの詠唱が終わってまた黒い影がザブノクにのしかかる。
『雑魚共がこざかしい真似を』
「その首、置いてけや!」
ノルベルトが突進して袈裟懸けに剣を振り下ろした。ザブノクが槍を薙ぎ払う。
槍と剣がぶつかり合って、ノルベルトの巨体が吹っ飛んだ……あの状態でもあれだけの力があるのか。
『まとわりつくな。下等なものめ』
「逃がしはしない!」
団長がサーベルを振る。巨大な氷が降り注いでザブノクを押しつぶした。
氷の柱がザブノクを囲むように立ち上がる。
団長が口から血を吐いた。
あちこちに刺さった針から血が流れて青い礼服は血で真っ赤だ。
もう氷で傷を塞ぐ余裕もないのか。
「団長殿!」
「私にかまうな!殺せ!奴を殺せ!」
団長が叫ぶ。もう治療だの
だれかが死ぬ前にあいつをしとめるしかない。
『死の安らぎに身をゆだねよ。仲間の所に行くがいい』
「貴様を殺さずに死んで、会わせる顔があるか!」
「【かつて世界にはただ闇のみが在り。されど悠久の時の果て、昼と夜の時の法理、星と月の天の法理、生と死の人の法理が生ず。賢者は語る。もはや闇の憂いは去れりと】」
テレーザの詠唱が進んで、後ろから感じる圧迫感がさらに強まる。
稼ぐべき時間はあと少しだ。ザブノクがこっちを向いた。
『足掻くな、人間!』
「風司の29番【薙ぐ風よ、聳えよ。嘗て栄し王城の壁のごとく高く】」
テレーザを狙うように槍の穂先が蛇のように伸びて来た。だが、そんな苦し紛れの攻撃は見え見えだ。
立ち上がった分厚い風の壁が槍の穂先を逸らした。
何をしてくるか見えてる攻撃なら、魔族だろうがあっさり破られはしない。
肩に焼けるような痛みが走った。血が肩から吹き上がる。
だがこの程度なら死にはしない。どうってこともない。
ザブノクの赤い目が俺を睨んだ。
『また貴様か!』
「舐めた真似せずに数を減らしておくべきだったな!」
テレーザや魔法使い、団長たち前衛、それに俺をさっさと殺さなかった。
人間如きいつでも殺せると思ったんだろうが、舐めた真似をしてくれた報いは受けてもらう。
「テレーザ!まだか!」
「下がるんだ、皆!」
団長がこっちを見るが……もうアイツの魔法は完成する。その間を察することくらいはもうできる。
全員が下がった。
「【されど忘れるなかれ。闇は消えたに非ず。世界の果ての深淵に潜む。
其は変わることなき永劫の虚無にして汝を終末にいざなうもの。心せよ、深淵の闇を覗くならば、闇に囚われることなきように】術式開放!」
テレーザがザブノクを指さした。
ザブノクが空気を震わせる咆哮を上げて、緑色に光る網と氷を押しのける。
避けようとするより早く、黒い球が飛んでザブノクの肩に突き刺った。
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