第110話 その後の彼
ヴァルメーロに戻ってまずは団長の屋敷に顔を出した。
広い庭には団員たちが何人かいて、剣の稽古をしていたり何か話したりしている。
俺達を見つけた団員たちがひそひそと何か話し合っているのが見えた。
団員には貴族階級が多いせいか、俺達を見る視線は何やら微妙な感じだ。
「おお、ライエルにテレーザ。ずいぶん長い休暇だったなあ」
いかにも訓練後って感じで、汗まみれのノルベルトが声を掛けてきた。
稽古用の重たそうな木の斧を持っている。
「色々あったみてぇだな。俺は良く知らねえが、大変だったらしいじゃねえか。だが生きてればどうにかなる、そうだろ?」
「ああ、まあな」
ノルベルトが空気を読んでいるのか、何も考えていないんだか分からないがいつもの口調で言う。
俺達の話はどのくらい知られているのやら。
「おや。戻られたのですね。良かったです」
庭を通りがかったラファエラがいつも通りの落ち着いた感じで声を掛けてきた。
こっちは見慣れた黒いローブ姿だ。
「心配してくれたのか?」
「あなたがいないと師団の防御力に影響します。そうすれば私も功績を上げにくくなる。戻られてよかったです」
ラファエラがテレーザの方には目をやらずにいう。そう言う事かい。
貴族を切ったということを知らないとは思えないんだが……
「あの家に特に思うところはないので……あまり気にされない事ですね」
俺の聞きたいことを察したように、ラファエラがそっけなく言う。こういうものなのか。
冒険者は何となく同朋意識があるが、貴族は少し違うのかもな
「戻ったか、ライエル、テレーザ」
そんな話をしていると、簡素な男性用の服に身を包んだ団長が館から出てきた。
「お前たちがいない間、幸運にも魔族の出現はなかった。だがまた探知の網にかかりつつあるようだ。今後もしっかり働くように。この師団にいる以上、それが最も大事なことだ」
もちろん事情は知っているだろうが、団長もいつも通りだ。
こういう風だとなんとなく気が楽になるな。
「団長殿、入団志願者が来ております」
話をしていたら、門衛が団長を呼びにきた。団長が面倒くさそうに首を振って門の方に歩いていく。
対魔族宮廷魔導士団が目立ったせいで、最近はこんな感じの入団志願者がきているらしい。
門の方からなにか聞き覚えがある声がした。
◆
門の方に行ってみると、マヌエルがいた。団長の前で直立不動で立っている。
前は紋章入りだった
後ろには二人の兵士らしき男が従っている。
「当師団への編入を志願します。マヌエル・オストレカ・グアラルダと申します。
故有って手柄を立てる必要があります。今の我が国において最も武勲に近い場所はここと思いました」
俺に気付いたらしいマヌエルが相変わらず敵意をはらんだ目でこっちをちらりとにらんだ。
視線に気づいたのか、団長が俺の方を見て少し考え込む。
「……なるほど、あの時の者か」
団長が値踏みするようにマヌエルを上から下まで見た。
「目が違うな、お前は強くなったようだ。認めよう。だが今は団には加えない」
「なぜですか?」
マヌエルが静かだが不満げな口調で言い返した。
「半年前のお前は囮にも使えなかった。今のお前は強くはなったが魔族と戦えば死ぬだろう」
ぴしゃりと言ってマヌエルが団長を抗議するような目で見た。
「ですが、それは覚悟のうえです」
「死ぬとわかっていて戦うのは勇気とは言わん。それは愚者の蛮勇だ」
団長が言ってマヌエルが俯いた。
「今のお前は囮として使い捨てにするには惜しい。強くなれ。我が師団は魔族と戦う意思を持つ強き者はいつでも歓迎する。今のお前ならできるだろう。我が期待に背くな」
そういって団長が俺の方を意味ありげにまた一瞥した。
「家名か何か……お前は何か望むものがあるのだろう?なら無駄に死んでいる場合ではないはずだ。いいか。半年鍛えて、又出直してこい」
「……はい」
マヌエルが渋々って感じで答える。
「そして、間違うな。この師団に編入を希望するなら心しておけ。我らの務めは魔族を殺すことだ。団員となるなら足並みを乱す真似は決して許さん……分かったら返事をしろ」
「……分かりました」
団長が小さく頷いてもう一度俺の方に視線を送ってきた。
「いいか、この者はお前よりはるかに先を行っている。こいつを超えたければ倍の力で励め。
半年後に望むなら、私が貴族同士の決闘の立会人となってやろう。師団の足並みを乱すことは許さんが、決闘の場なら別だ。その場ならこいつを殺しても咎めはないぞ」
団長が平然と言う……この人は、相変わらずの言い草だな。
◆
言うだけ言って団長は屋敷に戻っていった。
「おい、ライエル。一つ聞きたい」
俺も戻ろうかとしたところで、マヌエルが呼び掛けてきた。
マヌエルの方に歩み寄ると、マヌエルが手でお付きの二人に離れるように合図する。
二人が頭を下げて距離をとった。
どうやら二人だけで話をしたいってことらしい。
テレーザを手で制すると、テレーザがちょっと不満げに足を止めた。
「なんだ?」
「なぜ僕を人質に取らなかった」
険しい表情でマヌエルが聞いてくる。
もちろんあの時。こいつを無力化したときにこいつを人質にとることも考えたが。
「……お前が半年前のお前なら躊躇なくそうしたよ」
あの武器を使いこなすためには相当な鍛錬が必要だったはずだ。
人質にとって恥をかかせるのは気が引けた。我ながら甘い考えなのかもしれないが。
「あの時のお前をそうする気にならなかった。だがオードリーたちを助けるために必要ならやっていたかもしれない。これでいいか?」
「まあ……いいだろう」
俺の意図が伝わったかは分からないが。マヌエルが頷いた。
「こっちからも一ついいか?」
「なんだ」
「あのままなら簡単に俺を殺せただろ?なぜそうしなかった?」
あのまま普通に戦っていたら勝ち目は薄かっただろう。
そもそも
はじめから使われてたら、下手すれば初太刀でやられていた可能性もある。
「初めは……楽しかったよ。爽快だった。無様に逃げ回るお前を見て。あの時感じた屈辱を返してやれると思った」
マヌエルが言って言葉を切った。言葉を探すかのように俯く。
「……だが途中から急に惨めな気持ちになった。自分がやっていることが空しくなった。
勝つというのは……こういうことじゃないと思ったんだ。こんなのじゃ納得できないと」
「そうか」
なんとなく気持ちは分かる。
生きるか死ぬかの戦いは結果がすべてという面は確かにある。卑怯だろうが運頼みだろうが、生きて勝てばいい。
だが、不利であったとしても納得して勝ちたいという気持ちもやはりある。
その気持ちは合理的ではないかもしれない。ただ、不思議なことに冒険者は案外そういう奴が生き残って強くなる。
「半年後を楽しみにしているぜ」
「舐めるな。半年後、必ずお前を僕の足元に這いつくばらせてやる。行くぞ」
吐き捨てるようにマヌエルが言って、マヌエルが踵を返す。
二人の戦士が一礼してそれに従って歩き去っていった。
「大丈夫か?何を話していた?」
テレーザが心配そうに聞いてくる。
「問題ないさ。男と男の話だ」
二人のお付きの兵士にも見覚えがあった。あの時、包囲に加わっていた兵士だ。
家があんなことになってもマヌエルに仕えることを選んだってことなのかもしれない。
「なんだ、その言い方は。私にはわからないといいたいのか?」
「そういう意味じゃない。言葉のあやさ」
俺を不満げに俺を見上げる相棒を見た。
だれにとっても命は大事だ。その命を懸けるなら、懸けるに値する奴のために使いたいな。
◆
本章はここで終わりです。
その後の彼ら(旧パーティ視点)をはさんで新章に入ります。書き溜めてくるので少しお待ちください。
前と同じように新章の触りだけは早めに投稿する予定です。
引き続き応援よろしくお願いします。感想などなどお待ちしております。
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