第109話 面倒事の顛末・下
翌日朝。
早起きして約束の時間に外に出ると、杖を突いたアマラウさんが前庭で待っていた。
昨日の夜の食事のあとにアマラウさんに乗馬に誘われた。
テレーザ抜きで二人で、ということらしい。
おつきの人が馬を引いてきて、アマラウさんを馬にのせる。
俺も馬にまたがった。おつきの人が一礼する。本当に二人だけなのか。従者1人くらいはついてくるかと思ったが。
アマラウさんが先に馬を走らせて行って、俺もそれに従う。
しばらく走ると、湖のほとりの東屋に着いた。
アマラウさんが東屋の横で馬を止める。
白い石で組まれた東屋が茶色の砂浜と緑の森に映えていた。綺麗の整えられていて風景画のようだな。
朝日が透明な湖に輝いている。
静かな湖のほとり、小さく波打つ水の音だけが聞こえた。朝のひんやりした空気と水の匂い、草の匂いが心地いい。
「ここには私達二人だけでるので……今は私は貴族としてふるまう必要はない」
馬上でアマラウさんが頭を下げた
「オルランド公、この度は我が家の争いに巻き込むことになったこと、申し訳なく思う」
そう言ってアマラウさんが俺をまっすぐ見た。
「馬上である失礼は許してほしい。一度降りると、もう一人では乗れない身なのでね」
「いえ、気にしてませんよ」
「このように付け込まれたのも、すべては私の責任だ。私も、娘に、そして我が家名に恥じない様に、努めよう」
「そうですか」
この言葉はなんとなく信じられる気がした。
あの最後の魔法の傷跡はアマラウさんの見た目にも表れていた。明るい朝日の下で見るとより分かるが。
アマラウさんは前よりさらに顔色が悪くなっていた。肌も皺が寄って銀色の髪もところどころ白く変わっている。
実年齢は40歳過ぎくらいのはずだが、60歳の老人に見えた。
だが、寝台で初めて会った時の弱弱しくて刺々しい感じは失われていた。言葉にも目にも意思の強さを感じる。
あの最後の魔法はおそらく文字通り命がけだったはずだ。
強い魔法は使い手の体に相応の負荷をかける。ただでさえ衰えて傷ついた体、それにあの大魔法だ。
発動直後、負荷に耐えきれなくて死んでいても不思議じゃなかっただろう。もちろんそれは本人も分かっていたはずだ。
無気力な人間にできることじゃない。
「家柄など愚かしいと……君は思うかな」
「愚かしい、というかまあ冒険者には理解できないって感じですかね」
貴族に限らず、商人同士とかなら家柄だの店の規模だのそういうのを気にする。
俺も元は商人の家の生まれだから全くわからないわけじゃないが。
ただ冒険者はその辺を気にする奴はいない。冒険者にとって大事なのは実力とか命を預けるに足る人格を持っているかとか、そう言う実利的な部分だ。
生まれなんてものは酒の席のゴシップの種くらいのもので、詮索する奴もいない。
「私が現役で戦っていた時。最後の魔法を使った時。魔獣が迫ってきていたのは分かっていた。
詠唱をやめて逃げれば助かったかもしれないが、私は詠唱をつづけた。それが我が家の名誉のためと思った」
「それは……申し訳ないですが、ばかばかしいですね」
そういう時は一度下がって態勢を立て直すべきだと思うが。
「それが貴族というものだよ。私が逃げればそれが記録に残り、家名に傷がつく。
人は誰でもこの世では演者だ。貴族は高い給金をもらい家のために役割を演じる、そういうものさ」
誰かのために死ぬのは分かる。姉さんが俺のためにしてくれたことだ。
だが、家のためにというのは分からん
「だが、命を懸ける理由は変わらない。家名を守るとはつまりその名誉を継いでくれた我が父祖の為、父母の為。そして、その名誉を受け継ぐ子のため、孫のためだ」
「それなら……なんとなく分かりますよ」
家族の範囲が俺の感覚よりかなり広いんだろうな、という気がする。
俺も子供でもできればまた考えが変わるんだろうか。オードリーとメイは子供みたいなもんだが。
「本当は……テレーザには婿でも取らせて、家を継いでほしいのだがな。あれは承知するまい」
「でしょうね」
あいつにとって魔法の才能は特別なものだと思う。
安楽で平穏な部屋で貴族の淑女として生きる道は選ばない気がする。
ただ、父親として心配な気持ちは当然だとは思うが。
「君には愚かに感じるかもしれないが……貴族とはこのように家名にこだわるものだ。娘のためを思ってくれるなら手柄を立ててほしい」
娘の為、というのが何を意味するのかは分かった。
「分かってますよ」
そう言うとアマラウさんがしわがれた顔に小さく笑みを浮かべた。
「私には君のように、私のために前に立ってくれる者はいなかった……娘にそのような者がいるのは嬉しいが……魔法使いとしては少し妬ましいな」
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