第104話 暗躍する者・下

 灰色の石畳にリボンが落ちた。

 テレーザもそれが何かに気づいたらしい。顔がこわばった。


「手前……」

「探知の風、だったか?それを使えば居場所は分かるかね」


 フェルナンが言う。 

 さっきの風で周りの気配は感じられた。恐らく25人。

 ただ、俺の風は、そこに人がいることは分かるが、精々で背格好までだ。正確に誰がいるかまでは分からない。


「短気を起こすのはやめておいた方がいいぞ。英雄たる君の力ならここで私を殺すことも難しくないだろうが……そうすれば、あの二人も死んでしまう。

私とて小さな子供が死ぬのは胸が痛む。それが下々の者でもな」


 白々しい口調でフェルナンが言って俺を見た。


「それに、我が兄に不幸な事故が起こってしまうかもしれん。私としてもそれは望むところではない」

 

 フェルナンが言ってテレーザが息を呑んだ。

 俺達をおびき出すためかと思ったが、アマラウさんもつれてこられているのか。


 さっきの風でとらえた位置関係と数を思い出す。

 恐らくオードリー達の位置は分かるが……アマラウさんまでは分からない。

 姿を現してるやつもいるが茂みの中にまだかなりの数が残っている。

 その中の一人がアマラウさんを人質に取っているのか。


 全員が姿を見せていれば。アマラウさんとオードリー達の姿を調子に乗って見せつけてくれれば。

 風で一掃もできるが……今は一呼吸でどうにかできる状況じゃない。

 見た目より知恵が回るのか、用心深いのか臆病のなせる業かわからないが。


「状況が分かったようだな。では、今から何が起きるか教えてやろう。君は山賊に殺される。英雄、風使いオルランド公も油断には勝てぬというわけだ。

そして、護衛を失ったテレーザは師団から退くことを決意する」

「何を言っておられるのです!」


「さすがの私も、本領とこの領土を共に差配するのは難しい。

テレーザと結ばれた我が息子がこの領土を治めることになる。我が兄上も快く家督を譲ってくださる、とこういうわけだ」


 滔々とって感じでフェルナンが言って、にんまりと嫌な笑みを浮かべた


「……そんなこと赦されると思うのか?」

 

 自分で言うのもなんだが、俺たちはもう魔導士団にとっては欠くことの出来ない戦力の一角だと思う。

 あの団長がテレーザの退役なんて認めるとは思えない。


「お前が死にテレーザが黙れば誰も文句を言うものもいまい。

それに準子爵ごときが何ほどのものだ、我が力の前には無に等しいわ。それにいざとなれば国王陛下に奏上すればよい」

「このような真似をするとは!貴族としての誇りを失われたのか、叔父上!」


 テレーザが険悪な口調で叫ぶが、フェルナンが小ばかにしたような目でテレーザを見て首を振った。


「全く、青臭い小娘だ。いいか、世の中は結果が全てだ。残るのは結果だけだ。覚えておくがいい、テレーザ」

「そんなことは許さない!」


 テレーザが踏み出そうとしたが、その足元に矢が突き刺さった。

 テレーザが固まる。


「お前に何ができる、テレーザ。お前の遅い魔法で何かするつもりか?詠唱が終わるはるか前にあの小娘が死ぬぞ」


 フェルナンの言葉にテレーザが悔し気に俯いた

 フェルナンが満足げに笑う。


「少し手柄を立てたからと言ってのぼせ上がるな。所詮お前は誰かが守らねば何もできない、時代遅れの魔法使いだ」


 そう言ってフェルナンが俺を憎々し気に睨んだ。

 不健康に浮腫んだ顔が紅潮する。


「あの時……おとなしく消えればよかったのに、よくも私たちに恥をかかせてくれたな。礼儀も知らぬ、剣を振るしかない野蛮な冒険者風情が」

「お前が今やっているこれは野蛮じゃないのか?」


 周りにいるのは直属の兵士か、冒険者崩れか分からないが、恐らくほとんどは何らかの恩恵タレント持ちで武装している。

 武器を持って取り囲むのは平和的な仕草とは思えないんだが。


「鞭で馬を打つのは野蛮とは言わんだろう。これは躾だ」

 

 当然って感じでフェルナンが言って、厭な笑みを浮かべてテレーザを見た。


「テレーザ、お前にも躾が必要のようだな。庶民と混じって戦っているうちにすっかり下賤になりおって。ヴァーレリアスの娘としてふさわしいように調教してやろう」


 テレーザが不快気に顔をしかめて俺に寄り添ってきた。

 フェルナンが俺の方を向く。


「ところで、オルランド公。刀を捨てないのか?あの小娘の悲鳴でも聞けば気が変わるか?」

「……待て。分かった」


 こっそり探知の風を巡らせてはいたが……大体の位置関係は分かったが、この状況を一呼吸で打開するのは無理だ。

 テレーザほどではないが、風司の技は詠唱の間が必要だ。

 そうしたら、こいつは躊躇なくオードリー達を害するだろう、と言う事は分かる。オードリー達の命なんてこいつにとっては虫みたいなものだろう。


 刀を地面に置くと一人の兵士がそれを拾い上げて離れていった。

 深呼吸して意識を集中する。ひんやりした風がイメージ通りに俺の周りを舞った。

 触媒が無いと風司の力は使えない。だが、自然の風を操るくらいはできる。

 

 人質を取られている上に触媒が無い。

 正直言うと状況はかなり悪いが、どんな状況でも生き延びる道を探るのが冒険者の鉄則だ。


 絶対不利でも余程の達人じゃない限り付け込む隙は見せるし活路はある。

 だが、諦めはそのわずかな活路を見えなくする。諦めた時に敗北は完全に確定する。


「丸腰は哀れだからな。武器を渡してやれ」


 フェルナンが言うと、一人の兵士が剣を渡してくれた。

 抜いてみるが何の変哲もない、鉄の剣だ。


 布を巻いた柄を握る。握りからつくりの雑さが伝わってきた。刀よりかなり重い。

 もう少し気の利いたものを渡してほしいが……武器を渡すあたりまだ油断はあるな。やはり付け込む隙はある。


「で、男らしくお前がやるのか?」 

「私が手を下すほどの事も無い、お前を切るのは我が息子だ」



 マヌエルか。


 こういっちゃなんだが、周りの恩恵タレント持ちの兵士全員に周りから切りかかられるとどうしようもなかったが、あのマヌエルと戦わせるつもりなら。

 あいつを人質に取り返すのが最善の方法だな。

 勿論、魔法の武装を持ってはいるだろうが、あいつ相手なら十分に可能性はある。


「マヌエル!」


 フェルナンの声を掛けると、森の中から一人の男が姿を現した。

 そいつがフード付きの黒い外套を脱ぎ捨てる。

 確かに見覚えがあるマヌエルだが……そのマヌエルは前回と装備が全く変わっていた。


 前は体に似合わないデカい剣とデカい盾にいかにも豪華な鎧だったが、今回は波打つような奇妙な刃の短めの片手剣に、前から一回り小さい丸い楯を持っていた。

 それに機動性を重視したような簡素な胸当てと具足に籠手。

 それぞれに文様が刻まれている。ただの鎧や盾じゃない、前衛用の魔法の装備だ。 

 顔だちも前回と全く違う。

 銀の巻き髪は短く切られていて、緊張感のない薄ら笑いを浮かべていた顔は精悍な感じに引き締まっていた。

 ……不味いことになったな。


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