東部ヴァレリア伯領

第97話 つかの間の休息とやってくる面倒事

 テレーザの紹介状を読んでいた初老の男が顔を上げて俺を見た。


「ライエル・オルランド。あなたが……風使いメステル・ド・ヴェルトオルランド公ですか」


 メガネをかけた痩せたその男、魔法使い然とした灰色のローブを着たおそらくこの塾の指導教官なんだろうが。

 彼が俺の顔をまじまじと見て、恭しく頭を下げる。

 ……なんなんだその呼び名は。


「そう言う事でしたら、勿論喜んで受け入れさせていただきますぞ。

ご安心ください、我がアルサド魔法塾は名門です。成績が良ければアレクト―ル魔法学園にも推挙できます」


 男がしゃがみこんでオードリーと目を合わせた。


「では君の名前を教えてくれるかな?」

「はい!オードリー・オルランドです!」


 オードリーが元気よく答える。


「オードリー。なぜ君は魔法使いを目指すんだね?」

「あたしもお母さんやおじさんやお姉ちゃんみたいに強くて皆を守れる魔法使いになりたいからです!」


「よし。良い返事だ。よき魔法使いになるためには強い心が必要だ。オルランド公のようにね。修業は大変だがついてこれるね?」

「はい!」


 返事を聞くと、教官が優しげに笑った。


「では、まずは恩恵タレントの検証を行いますので、オルランド公。しばらくここでお待ちください。もちろん校内を見ていただいても構いませんよ」


 そういって、男とオードリーが部屋を出て行った。

 まあ、なかなかいい先生のようでよかったな。


 今日はテレーザの紹介の魔法使いの私塾に来ている。

 紹介状もあったんだが、相手が俺のことを知っていたらしい。

 はじめは胡散臭げに見ていたが、途中から露骨に態度が変わって、とんとん拍子に話が進んだ。

 どうやら入塾できそうだ。


 アルサド魔法塾は、ヴァルメーロの貴族街と商人街の間あたりにある塾だ。 

 テレーザが紹介してくれたのだが、家からもそれなり近く路面汽車で行けるのはありがたい。


 メイも一緒に来たがったが、とりあえずテレーザが派遣してくれたメイドさん、レオノーラさんと買い物に行ってもらった。

 40歳くらいのちょっと太めの人で、ヴァーレリアス家で働いてくれいる人らしい。

 面倒見が良くて明るく二人とも懐いている。


 戦闘面では危ない橋を渡ってばかりだが。

 今のところ新生活は上手く滑り出している気がするな。



 見物していてもいいということだったので中を見せてもらうことにした。

 確かに結構な名門らしく建物も立派だ。歴史を感じる石造りの建物は掃除が行き届いている。


 敷地も広い。アルフェリズの冒険者の養成所より立派だ。

 時折、生徒と教師らしき人達が回廊を行きかっていく。建物の中からは話し声が聞こえた。詠唱の練習か魔法の講義だろうか。

 適度に緊張感がある締まった空気が漂っている。いい雰囲気だな。

 

 魔法使いの恩恵タレントは種類が多様でかなり個人差がある。

 だからこそいい師匠が見つかるか、素養にあった教育を受けられるかによってかなりの差が出てくる。

 ここに通えるのはきっとオードリーのためになるだろう。


 騎士はどうやら毎月一度俸給を貰えるらしく、数日前に綺麗な箱に入った巻紙の形で俸給の目録が届けられた。

 その稼ぎで十分に塾の報酬は払える。


 正直言うと、かなりの高額で冒険者として戦っていたら多分無理だっただろう。

 貴族なんて面倒なことも多いがそれでもいいこともあるな。

 嫌なことと良い事はセットになっている。何事もそういうものかもしれない。


 そろそろ恩恵タレントの測定も終わるだろう時間だろう。

 さっきの応接室に戻ろうとしたところで


「君は……オルランド公かね?」


 不意に声を掛けられた



 振り返ったところにいたのは、茶色のロングコートのような貴族の衣装を着た男だった。

 後ろには護衛のように二人の剣士らしき男が付き従っていた。


 俺よりは少し年上、40歳にはなっていなさそうだが。

 服の色に近い茶色の髪を巻くように整えている。腰には細身のサーベルを挿していた。柄が金と宝石で美しく飾られている。儀礼用っぽい。

 鍛えている印象はあるが……なんとなく実戦慣れしている感じはしないな。


「オルランド公だね。対魔族宮廷魔導士団の練成術師」

「ええ」


「私はヴァンデルレイ。ヴァンデルレイ・カステロ・フランコ。フランコ候家の者だ」

「ああ……初めまして」


 名乗られても俺にはさっぱりわからんぞ。


「意外なところで会えたが、幸運に感謝をするよ。ところで、練成術師がここにはどういう用事だね?」

「ああ……姪をここに入塾させようと思いまして」


「そうか、それは良い判断だ。私の息子もここで学んでいてね。いい塾だよ」


 そう言ってフランコ卿がほほ笑む。なんとなく感じがいい笑みだ。

 

「ところで、少し話をさせてもらえるかな?」

「ええ、構いませんが」

 

「まずは君の勇敢なる戦い、そして我が国と王への貢献にまずは敬意を表したい」


 堂々とした口調だが、あまり偉ぶった感じはない。

 戦闘経験はなさそうだが……経験を積んだ冒険者パーティのリーダーを思わせる。


「単刀直入に聞こう。君の忠誠は誰にささげられている?」


「……というと?」

「君は知っているかどうか分からないが、今つまらない諍いが起きている。宮廷でね」


 そう言って一瞬探るような鋭い目でフランコ卿が俺を見た。


「だがこの国の真の気高き主君マジェスタッドはジョシュア三世、王陛下だ。君が忠義を尽くす相手も」


 念を押すような口調でフランコ卿が言う。


「そこは間違えないようにしてほしい

では失礼したね。もし機会があれば君の武勇伝を息子に話してやってほしい」


 そういってフランコ卿が歩き去っていった。

 先日駅で会った貴族は宰相の側近って話だったが。

 彼はいわゆる国王に近い貴族なんだろうなというのは察しがついた……なんというか、面倒事の方が多い気がしてきたな。


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