第60話 戦いの後
「痛ってぇ!!」
そう言ってアステルが床に転がった。
今回使ったのは風の斬撃を飛ばす術では最上位のやつだ。
あの円弧剣で防いでも本来はかなり傷を負うはずだが……確かにわずかに血がにじんでいるだけだった。
あいつの円弧剣もまともに食らえば普通なら即死だろう。
あれを遠慮なく振りまわしてくるってことは、この闘技場の魔法陣の効果と言うのはかなり凄いんだろうと思っていたが……大した効果だな。
これがこの闘技場の効力ならかなり便利だ。各地のギルドにも設置してほしい。
風を操って地面に降りた。
転がっていたアステルがひょいと立ち上がる。
「まだやるか?」
「いや……俺の負けだわ。カタリーナお嬢様、もういいでしょ?」
闘技場の隅で見ていたカタリーナがちょっと不満そうに頬を膨らませて頷いた
「まあいいわ。流石、やるわね。テレーザが見込んだだけあるわ」
「しかし上手いな。目くらましして風で囮に引き付けて上に飛んだわけか。俺に声を掛ける余裕まであったんだもんな。完敗だわ」
アステルがやれやれって顔で肩を竦めるが。
正面から真っ向勝負で戦ってたらおそらく俺の方が厳しかっただろうな。
手数と速さで押してくる感じは、どっちかと言うと攻撃的な前衛の戦士に近い気がする。
攻撃が早いからこっちの詠唱の間を取らせてくれない。ただの風で防御を切り崩すのは難しかっただろう。
今回は簡単にフェイントに引っかかったが。
経験を積めばあんな初歩的なやり方には引っかかるまい。
「というか……お前みたいなやつこそ実戦で評価点稼いだ方が良かったんじゃないか?」
魔獣相手の魔法使いと考えれば火力は少し不足してるが、それでもちょっとした魔獣相手ならなんとでもなるだろう。
攻撃範囲も広く複数の相手も苦にならなそうだ。冒険者になれば引く手あまただろうな。
そして、こういうやつこそ実践経験が大事だと思うんだが
「俺もそうしたかったんだがね……」
「そんなこと許すわけないでしょう。しかるべき人員をそろえて準備を整えてからよ。
あなたに何かあったら私が困るでしょ。私のことも少しは考えなさい」
「はいはい、お嬢様」
カタリーナが言ってアステルが大仰に会釈する。
接し方から見て、カタリーナは貴族だが、どうやらアステルは平民なんだろうな。
そして二人は恋人同士っぽいが……アステルは尻に敷かれそうな感じだ。
◆
試合が終わったので井戸に案内してもらって顔を洗った。
闘技場の砂埃を払って汗を拭く。
「そういえば、今更なんだが、ため口でいいかい、先輩?」
アステルが聞いてくる
「ああ、いいさ。冒険者に年齢はあまり関係ないからな」
冒険者は年齢はあまり関係ない。ランクは関係するが。
ただ、冒険者である以上、誰もが魔獣と戦う同胞の様なもんだ。だから、その辺を気にしないことが多い。
「気をつけろよ、先輩」
「なにがだ?」
「貴族社会ってのはややこしい。あんたがテレーザの護衛をやるなら面倒事が多いと思うぜ」
「かもな」
貴族社会なんてものにいは今まで一切縁がなかった。
それに、次席であるローランを倒している。あいつは偉い貴族のはずだし、それも面倒のタネだろう、
だが、あいつの誘いに応じてここに来た以上、それくらいの覚悟はしている
「なに?面倒だって言いたいの?アステル」
「いえいえ、違いますよ、カタリーナお嬢様」
カタリーナが言って、アステルが大げさに頭を下げたところで。
「……ライエル?ライエルか」
後ろからテレーザの声が掛かった
◆
いつの間にか白いローブに身を包んだテレーザが立っていた。
「えっ……?」
カタリーナがしまったって表情を浮かべてテレーザを見る。
どうやらテレーザの用事とやらはアレクト―ル魔法学園でのものだったらしい。
「なぜお前がここに居る?それにカタリーナにアステルも」
「いえね……あの……これはね」
「今日は二人で街に出ていたんだよ、テレーザ」
慌てるカタリーナを制するようにアステルが言った
「そう、そうよ。今日は二人で街に出ていたのよ、アステルと。そしたらたまたまこのライエルと会ってね」
「ああ、そうなんだよ。都っていっても狭いもんだよな」
アステルが顔色一つ変えずにカタリーナに応じる。見事なポーカーフェイスだな。
「で、彼がアレクト―ル魔法学園を見たいっていうから、連れてきてあげたのよ。そうでしょ、ライエル。どう?テレーザはここで学んでいるのよ」
そう言ってカタリーナがこっちに話を振った……まあ合わせてやるのが人の道だろう
「そういうことだ。立派なもんだな。アルフェリズのどの建物より大きいぜ。カタリーナ、わざわざありがとう」
「いいのよ、ライエル。テレーザの護衛なら私の友人のようなものだわ」
そう言ってカタリーナが大仰に頷く。
テレーザがなにやら冷たい目でカタリーナを見た。カタリーナが目を逸らす。
「カタリーナお嬢様、行きませんか?俺達も用事があるでしょ」
「そうね、アステル。じゃあ私は行くわ。テレーザ。ライエル、また会いましょう」
アステルが手を差し出してきた。こっちも握り返す。
「また稽古をつけてくれよ、先輩」
「ああ、こっちもな」
「あの子を守ってあげてね」
「ああ」
そう言うとカタリーナがにっこり笑った。
おせっかい焼きで強引、無茶やるなって感じの奴だが……悪気が感じられないというか、なんとも憎めないタイプだ。
「あの子と貴方の力になる。約束するわ」
小声でそう言って、二人が歩き去っていった。
◆
「大丈夫だったか?」
テレーザが聞いてくる。
とりあえず言い繕ってはみたものの、俺とカタリーナ達がたまたま偶然会ったなんて普通はあり得ないわけだし。
俺とアステルは戦いの後だってことくらいは見た目で分かっただろう。
「問題ないさ。お前の友達だよな」
「ああ……そうだ。カタリーナは
いわゆる学者タイプで本人の戦闘力は低いことが多い。だからアステルが戦ったわけだ。
「カタリーナは……なんというか……いい友達だが、時々強引で困る」
珍しく本当に困った顔でテレーザが俯いて、俺の鎧の砂埃を払ってくれた。
本人が言うところの姉貴分、という関係ではなさそうだが。まあいい奴っぽいな。
貴族らしいが、お高く留まった感じがしなかったのは個人的に印象がいい。
アステルも気のいい感じだった。腕も経つしいい冒険者になるだろうな。
おそらくこいつの学園での生活は楽なものではなかっただろうが。
ああいういい友達がいたのは、なんとなく安心した。
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