第61話 テレーザの母親
翌日。
朝食を取っていたらテレーザが宿にやってきた。今日はどうするのか、と聞こうと思ったが。
「今日は私の母に会ってもらう」
開口一番の台詞で椅子から転げ落ちそうになった。
「なぜ?」
「一応言っておくが、結婚の挨拶とかではないぞ。勘違いするな」
「ああ、それは分かってるよ。それで?」
「……平民のお前の騎士叙勲のためには貴族の推薦人が必要だ。母上にお願いしたところ、お前に会いたいと言われてな」
少し拗ねたような口調でテレーザが言う……いったい何が不満なのだ。
騎士は一応貴族階級になる。
平民から貴族になるためには叙勲とか騎士の誓いとかそう言うのがあることくらいは知っているんだが。
「色々と面倒だな」
「我慢しろ」
素っ気なくテレーザが言って。
食事の後にテレーザのヴァーレリアス家に連れていかれることになった。
◆
テレーザの家……連れていかれたのは家というのにはあまりにも大きすぎる屋敷だった。
蔦をかたどった凝った細工の鉄の格子のようなが塀が張り巡らされていて、門の内側には広々とした緑の庭園が広がっている。
そこかしこにメイドさんや使用人らしき男たちが庭の手入れをしていた。
これで没落気味って、昔はどんなんだったんだろう。想像もつかん。
頭を下げる召使たちにテレーザが鷹揚に応じる。
召使とかメイドさんの探るような視線が俺に突き刺さってくるのを感じた。
俺のことを話していないってことは無いだろうから、お嬢さんに釣り合っているかとか値踏みされてるのかもな。
◆
白黒のメイドドレスに身を包んだ年配のメイドさんが案内してくれた部屋。
予想よりはるかに立派な家の奥の間には、一人の女性がいて、部屋に入ると、ソファから立ち上がって出迎えてくれた。
「よく来てくれましたね、ライエル。私はイザベル・ロッカ=ファティマ・ヴァーレリアス」
「初めまして、お会いできて光栄です。ライエル・オルランドです」
精一杯の敬語を使ってはみるが。
こういう時にどういうマナーで接すればいいのかわからん。
どこかの物語では手の甲に口づけするとか、そういうのを見たことが有るんだが。
とりあえず深く頭を下げておいた。
「馬鹿者、レディに会う時は衣装を褒めろと言っただろう」
テレーザが小声で言う。そういえばそんなこと言われたな。
とはいっても、それを俺に上手くやれというのは無理な相談だぞ。
「失礼……戦ってばかりの冒険者なので」
「気にしないで構わないわ。よく来てくれました」
イザベルさんが優し気な笑みを浮かべて応じてくれた。
美しい銀髪を巻くように整えていて、首回りが開いた淡い青のドレスを着ている
ほっそりした首にはこれまた青色の宝石を飾ったネックレス。
ドレスも白いフリルがあちこちにあしらわれていて、ふんわりしたスカートには濃い青で花のような刺繍がされている。
貴族の女性の肖像画とかで見るのと同じ感じだ。
目元や整った顔立ちはテレーザと同じ面影を感じるが
……怜悧な雰囲気というかある種の緊張感を漂わせているテレーザと違って、穏やかな印象の人だ。
貴族の当主は大抵は男性だ。なのに、なぜ迎えてくれるのが母親なのか。
これは、来る途中で聞いたが、テレーザの父親はかつて宮廷魔導士団にいたんだそうだ。
そして、近年の時代の流れに押されて次第に出番が減り、ある討伐で無理をして大けがをしたらしい。
今は領地の保養地で静養中なのだそうだが。
そうまでして戦ったのは家のためってことらしい。貴族ってのは大変だ。
◆
メイドさんがお茶を置いて行ってくれて、ひとしきり挨拶が終わった。
「あなたを騎士に推挙したい……と娘は言っているわ。
あなたはそれを了承してくれるかしら?」
イザベルさんが真剣な目で俺を見る。
その目が問いかけていた。覚悟はあるか、と。
魔獣討伐で武功を立てて貴族になるっていうのは冒険者の成功物語の最高の結末の一つだ。
物語や歌劇でもよくある題材だ。
ドラゴンを討伐して貴族の姫君を娶って、王から剣を与えられて、幕が引かれ劇場は拍手で包まれて幸せな結末を迎える。
だが実際はそんな華やかで単純なものじゃないんだろう。
むしろこの騎士の叙勲を受けるということは、物語の幕が引かれたあとの場面を歩くことになるということだ。
今までの違う環境、おそらくしがらみも多くなる。
それをわかっているか?とイザベルさんは聞いてきているんだろう。
テレーザの方を見た。
普段通り仮面のような無表情だが、不安げに俺達を見てるのがわかる。表情を変えないようにしているだけだな。
この辺はいい加減雰囲気で分かるようになってきた。
まさに今、この瞬間が俺の人生の分岐点か。
だが。まあ今更迷う必要もない。
勿論……と言おうとしたところで。
「お待ちください。今は奥様とお嬢様は……」
「黙れ。邪魔だ」
重たい足音が近づいてきて、それを制するような声が部屋の外から聞こえてくる
ドアが大きな音を立てて開かれて、一人の男が入ってきた。
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