第44話 あの日の記憶

 あの時。

 討伐任務の敵は思いのほか強く、雷撃の使い過ぎで俺は魔力を使い切り、義兄も姉もかなり消耗していた。

 帰り道に魔獣と遭遇した時、兄と姉は俺をかばって戦った。


「逃げなさい」

「娘たちを頼む」


 そう言って二人は戦って、そして死んだ。

 俺は逃げて生き延びた。


 あの時、どうすべきだったか、何が最善だったのか、何度も考えた。

 戻ることもできないのに。

 

 もし俺が戦いに加わっていたらどうなったか。

 ……どうにもならなかった。魔力をほぼ使い果たし、雷撃どころか風の壁を立てることすらできなかったのだから。

 犠牲者が一人増えていただけだっただろう。


 俺が一人で残っていても俺がすぐにやられて、姉も義兄も追いつかれて死んでいただろう。

 俺と義兄が二人で戦ったら姉くらいは逃がせなかったか?

 それもダメだっただろう。俺があっさりやられてしまえば、1対1になる。そうなれば義兄も倒されていた。

 

 あの時はあれが最善だった。正しかった。


 だが今も、あの時言われた逃げろという言葉が耳にこびりついている。

 なぜ自分だけ生き延びた。なぜ戦わなかった。

 惨めに一人で生き延びるより一緒に死んだほうが良かった。


 あの日以来、消耗の激しい雷撃は封じた。

 帰り道のことをいつも考えて戦ってきた。同行する仲間たちを守り、死なさない様に。

 俺も死ぬわけにはいかない。死んだらオードリーとメイはどうなる。


名匠マエストロだと……証明して」


 テレーザがもう一度繰り返した。


 この期に及んでも、俺が裏切るなんて考えもせず、逃げろでも助けてでもなく、それが出てくるのか。だが。

 お前は逃げろとはいわないんだな。


 三対一だ。勝ち味は薄い。戦うことは正しくないだろう。

 欠点を承知で自分の魔法を愚直に磨いたテレーザは正しかったんだろうか。

 あの時逃げた俺は正しかったのか。

 そのあとの10年の俺の行動は正しかったのか。


 いまどうするのが正しいのか。

 降伏して金を受け取るのが正しいのか。

 それは分からない。


 だが、正しくなくとも。また惨めに一人で生き延びるのはごめんだ。

 それに、こいつの信頼には答えないとな。

 俺を見上げたテレーザと目があった。


「ああ、戦って……」


 あの日から俺は強くなれたんだろうか。

 力を使い果たして姉も義兄も助けられなかったあの日より。逃げるしかなかったあの日より。

 剣を構えた。

 風が軽く周りを舞う。


「……証明するよ」




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