第33話 冒険者として戦う意味

 それから2週間ほど。


「これで今回の依頼は終わりです。ありがとうございました」


 昼下がりの冒険者ギルド。

 ギルドの受付の子が書類を綴ったところで周りから拍手が沸いた。


「凄いぜ、これ見ろよ」

「掲示板が空って初めて見たよ」


 たまたま冒険者たちが掲示板を見ながら言う。

 比較的近い位置にあった依頼を片っ端から受けていたら、本当にすべての討伐依頼が無くなってしまった。 

 さほど大物がいなかったからさほど難易度は高くなかったが、連戦続きで野宿もしたからなかなかしんどかった。

 

「流石はAランクですな」


 そう言ってカウンターの奥から出てきたのは、白髪に髭を蓄えた背の低い爺さんだった。

 多分ギルドマスターだろう。


「見事な働きでしたライエル様。それにテレーザ様」


 その人が握手を求めてきた。手を握り返す。


「正直言って変な編成だし大丈夫かと思ったんですけど……すごかったですね」


 受付の女の子、アンリさんが声を掛けてくる。


「ご両人、しばらくは滞在なさるのですか?」


 ギルドマスターが聞いてきた。

 テレーザはおそらく早くアルフェリズに帰りたいだろうとは思うが。


「長居はできない」

「そうですが……あなた方ほどの者なら当然でしょうね、次の依頼が待っているでしょうから」


 ギルドマスターが首を振って言う。そういう意味じゃないんだがな。


「ですが、流石に今日はもう移動はできないでしょう」

「いや……まだ間に合うのではないか……」


「いえいえ、そう言わず」


 テレーザが言うのをギルドマスターが遮った。


「宴を開きますので、是非ご参加いただきたい」



 あわただしく準備がされて、日が沈むころには本当にパーティが開かれた。

 港に通じる広い目抜き通りにテーブルが並べられて、テーブルには酒と料理が並べられている。


 突然の話だが、祝い事とタダ飯があれば人は来るわけで。沢山の人が思い思いに料理と酒を楽しんでいた。

 ちょっとしたお祭りのようだ。何の祝いか分かってない奴も多いだろうな。


「私としてはアルフェリズに戻りたかったぞ」


 俺たちは中央の席があてがわれた。

 目の前に肉だの魚だの大量の御馳走が並べられてるが、テレーザは何やら不満気だ。


 全体的に料理が肉より魚の方が多いのは港町だからだろう。

 焼いた魚や、串に刺して炙った貝、海老とかと野菜を一緒に煮込んだ魚料理がテーブルに並んでいる。


「どうせ路面汽車トラムは無かったからな、帰るとしても明日だったさ」

「いや、走ればなんとか」


「そういうな。もう帰れないだから楽しもうや」


 俺としても予想外に大げさになったなという感じはあるが。

 こうなった以上は文句を言っても意味がない。それに俺としても明日まで泊っていける方がいい。


「どうですか、ライエル様、テレーザ様。この町の名物、魚の暴れ水煮込みアグアルーザは?」


 にこやかにギルドマスターが声を掛けてきた。


「美味しいですよ」

「むう……確かに美味い……」


 不満げ半分、満足気半分って感じでテレーザが言う。

 焼き魚は表面が香ばしく焼かれていて、塩でシンプルに味をつけられている。炭の香りが漂っていて野趣あふれる感じだ。


 暴れ水煮込みアグアルーザは、貝とか酸味のある赤いライチェ、香味野菜や香草と一緒に煮込んだ白身魚の料理らしい。

 締まった身に味がしみ込んでいて美味しい。

 柔らかい白パンをスープに浸すと、複雑な海の幸の香りがした。潮の臭みが全くない。


「素晴らしい働きでした。とっておきの酒保を開けましたので、ぜひ一杯飲んでください」


 そう言ってギルドマスターがグラスにワインを注いでくれる。

 一気に飲み干すと苦みと酸味のある葡萄の味がのどを抜けた。


「しかしこんな大げさにするほどのものか?」

「当然ですよ」


 テレーザの疑問にギルドマスターが答えた。

 

「これでしばらくは皆は魔獣の脅威に怯えずに済みます」

「あなたのような強い恩恵タレントを持つ方には分からないかもしれませんが、普通は魔獣は恐ろしいんですよ」


 アンリさんが口を挟んできた。テレーザはまだよく分かっていなさそうだが。

 

「討伐評価を気にするのもいいがな……魔獣を退治すればこうやって喜んでくれる人がいるのは覚えておいてもいいと思うぜ」


 冒険者は金や名誉のために戦っているが、人のために戦っているという側面も確かにある。

 俺達が魔獣を倒せば、その分それに襲われる人は減り生活は少し安全になる。

 ギルドを通じて依頼をこなしているだけだと、そういうものは見えにくくなってくるんだが。


「なるほどな……冒険者の仕事と言うのはこういうものなのだな」


 周りの賑わいを見ながら感慨深いって感じでテレーザが言った。


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