第29話 それぞれの矜持

 風の行方亭に戻ると、ローランが親し気な笑みを浮かべて椅子から立ち上がった。


「ずいぶん遅かったですね、ライエルさん」


 改めてあいつの歩んできた道を想像する。

 あれほどの魔法を操るのは恩恵タレントだけではだめだ。恩恵タレントはしょせん素養であって、それを使いこなすのは本人だ。


 前衛の恩恵タレントを持っていても、それだけで武器が使えるわけじゃない。

 本人の訓練が欠かせない。


 冒険者として一流になるためにはだれもが訓練をし、修羅場をくぐっている。

 だからそれ自体が別に珍しくもない。


 が、時代遅れと言われながらそれでもあの魔法を使いこなせるように訓練したのは尊敬に値する。

 こんな事をしていても無意味じゃないのかと絶望したことは、一度や二度じゃないだろうに。

 必要とされないのは恐ろしい。僅か2週間足らずでも思い知った。


「では契約を……」


 ローランがにこやかに笑いつつ紙を一枚テーブルに置いた。

 腹は決まった。というか初めから決まっていたのかもしれないが。

 深呼吸して言葉を探す。

 

「冒険者の格言には、畏き者は追い風に帆を高く掲げ、向かい風に躊躇わず舵を切るってのがあってな、知っているか?」

「どういう意味でしょうか」


 ローランが首を傾げた。


「上手く行ってるときは変に動くなってことだ。

今俺は、あいつとパーティを組んで上手く行っている。だから今まで通りでいい、変える必要はない」


 何を言っているのか理解できないって顔をしていたが……ローランが薄笑いを浮かべた。


「しかし……私の条件はなんというか、とても良いと思いますが。ご理解されていますか?考え直されては?あなたには金が必要なはずですが?」


 そう言って、ローランが頷いた。


「なるほど。さすがベテランですね。では契約の見直しをしましょう。お幾らを希望ですか?」

「俺は確かに金のために戦っている……が。金のためだけに戦っているわけじゃない」


「というと?」


「命を張るなら張る相手を選ぶ。俺はあいつのために戦う」


「……なるほど」

 

 そういうとローランが手を止めた。穏やかな表情が変わって冷たい薄笑いを浮かべる。

 テーブルの上の紙を懐にしまった。


「そうですか。それは大変残念です……ではごきげんよう」


 二人を引き連れてローランが出て行った。



 ホールの客がしばらくこっちを見ていたが、すぐ興味をなくしたようにそれぞれの食事と談笑にもどった。

 カウンターに座ると、マスターがビールを置いてくれた。頼みもしないのに有難いこった。

 

「ありがとう」


 ビールを一口飲む。ひんやりした味と苦い泡がのどを抜けた。


「良かったのか、ライエル?」


 マスターが聞いてくる。


「金のことか?」


 確かにあの契約はかなり魅力的だった。何の関係もない引き合いだったら考えたかもしれない。

 だが、テレーザの話を聞いた後に金で転ぶわけにはいかない。


「そうじゃない、というか何をしたか分かってるんだろうな」

「さあな……どうだろう」


 マスターが言っていることは分かる。

 あいつの主目的はテレーザを孤立させることだったのは間違いないだろう。でないと俺にわざわざ声を掛けてくる理由がない。

 その誘いを断ったんだから、貴族に喧嘩を売ったようなもんだ。俺も敵認定だろうな。


 どうなるかはわからないが……後悔はない。それは確かだ。

 今はそれで良しとしよう



 部屋に戻ろうとしたらテレーザが部屋の前に立っていた。


「お前は……なぜ行かなかったのだ?条件はあっちの方がよかっただろう」

「まあ、それはそうだがな」


「では、なぜだ?」

「逆に聞くがな、俺はそこまで薄情に見えるか?」


 そういうとテレーザがハッとした顔で俯いた。


「それに前も言ったろ?長い目で見れば義理を通すのも悪いことじゃない」


 ふらつくようにテレーザが前に進み出てきた。

 寄り掛かる様に胸にテレーザの額がつく。何かを小さくつぶやいたのが聞こえた


「なんだって?」

「あの……ごめん………なさい」


 蚊の鳴くような小さな声だが聞き取れた


「私のためにって…………ありがとう……とても、うれしい……」

「へえ、意外なお言葉だな」


 案外に素直な一面もあるのか?

 そう言うと、テレーザがキッと俺を睨んだ。


「こういう風に言えば愚かな男は喜ぶとメイド長が言っていたのだ、調子に乗るなよ」


 そう言うとテレーザが踵を返して部屋に入ってドアを閉めた。

 まあいいか。


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