第9話 遭遇
その日はギルドが手配してくれた宿に泊まった。
ギルドはこういう以来のときは宿の世話もしてくれる。この点は便利だ。
村長に聞いた情報からは大きなものは得られなかった。
村の南側の森に今のところは出没しているらしいという話しか聞けなかったが、これで十分だろう。
「いいのか、こんなもので。さっきの情報は何もないに等しいだろう」
宿の酒場でこの村の名物らしきウサギの肉と野菜と酸味のある赤い実の
同じくウサギの肉に脂身と麦粥と香草を詰めたものを食べる。粥に脂身と香りが染みていて美味い。
酒が飲みたくなるが、討伐前夜は飲まない。酒は終わってから楽しめばいい。
畑で麦も作っているが、この村は森の中にある。狩猟が盛んなのは宿の様子からも見て取れた。
酒場の壁にははく製にされたシカの頭や角が飾られていて、丸めた毛皮や塩漬けにされたハムとかが宿の一角に積み上げられていた。
狩場の獲物を根こそぎ食いつくすブラッドハウンドは、単に危険と言う意味とは別に二重の意味で邪魔ものだろう。
「聞いているのか?」
「ああ、済まない。いいんだ。この点はあまり期待していなかった」
「というと?」
「もとより森をめぐって接敵するつもりだったからな」
ブラッドハウンドは群れを成して広域を動く。方角さえわかれば接敵するのはさほど難しくない。
「明日は早くから動きたい」
念を押すようにテレーザが言うが。
「そのつもりだ。早めに森に入ってブラッドハウンドの位置を探る」
魔獣の生態は色々とあるが、ブラッドハウンドのように夜動くタイプの奴は日が高くなるまでは行動しないことが多い。
相手の位置を早めにつかんでおきたいし、不意を打てるならそれに越したことはない。
「よし、それでいい」
「お前は早く休んでおけ」
「なぜだ?」
「移動はそれだけで消耗する。休むのも仕事だぞ」
そう言うとテレーザが素直に頷いた
★
「よく眠れたか」
「ああ。ベッドが聊か硬かったがな」
いつも通りのローブ姿でテレーザが朝にきちんと起きてきた。横に杖も浮いている。
顔色を見る限り体調は悪くなさそうだ。コンディションは大事だし、どこでも休息がとれることは冒険者としては大事な資質だ。
いつでも宿の柔らかいベッドに寝れるわけじゃない。
「よし、行こう」
細い道から外れて教えてもらった獣道に分け入った。
太陽は登っているが、森の中は木漏れ日に照らされているだけで薄暗い。それに加えて白い朝靄が掛かっていて視界はあまりよくない。
「少し暗いな……
テレーザが言うが。
「いや、必要はない」
光は便利だがこっちの位置を相手に知らせることにもなる。
使わない方がいい時もある。
耳を澄ますが、風がそよぐ音と葉擦れの音、鳥の鳴き声、それに遠くの方から村人の掛け声とかが聞こえるが、ブラッドハウンドの存在を示すような音は聞こえない。
足元でパキリと木の枝を踏んだ音がした。
「で、どう進む?」
「南だな」
まあこんなところに居たら、村人にも被害が出ているだろう。敵はまだ奥にいるはずだ。
太陽の位置を確かめつつ南へ進む。昨日の情報を聞いた通りに。
●
「ちっ」
後ろを見ると、テレーザがマントの裾を払った。灌木にマントが絡んだらしい。
狩りをしてる村らしく、森の中には人が踏みしめた跡がある小道があって、完全な森に比べればある程度歩きやすくなっている。
ただ、それでも多少はマシってだけだ。
だから言わんこっちゃない、と思ったが、それを口に出しても仕方ない。
太陽が少しづつ高くなってきて、遠くの方から鐘の音が聞こえた。村の鐘の音だ。まだ昼まであと二刻ほどか。
もう少し歩くと風にかすかな異臭が混ざってきた。
後ろを歩くテレーザに手で合図して方向を変える。歩いた先には沢山の獣が通り過ぎた跡があった。
●
「これか?」
大きな塊が通り抜けたかのように踏み荒らされた下草と折れた枝。木には爪痕らしきものも残っていた
そこら中に食い散らかされた鹿のものらしき死骸が転がっていて、骨までかみ砕かれて肉も食い尽くされている。
むせる様な血の匂いと腐りかけた肉の匂い、そこらじゅうの気に血しぶきが飛び散っていた。
不快そうにテレーザが口元を覆う。
「ああ、近いな」
足跡が森の向こうに伸びている。
足跡はさほど古い物じゃない。この足跡をたどれば群れにたどり着けるだろう。
「どのくらいいる?」
「どうかな……20頭ほどだな。大丈夫か?」
足跡を見る限りそんなもんだろうとは思うが。このくらいなら何とか対応できるだろう。
大きな群れだと100頭近くになるらしい。そこまで増えると作戦の立て直しになるが。
「問題ない」
テレーザの声に揺らぎはない。
本当に大丈夫と思っているんだろう。不安なような気もするが、こと此処に至れば信じるのみだ。
「一応確認しておくが、俺はお前を守ることを優先する。風の壁で相手を近づけないようにする、それでいいか?」
「それで構わない」
魔獣との恐らく初陣が間近だというのに、この状況でも本当にこいつは乱れがない。
信用している、と言う言葉を思い出した。
守らないといけないな。腰にさした愛刀の柄を握りなおす。
しばらく森を歩くと空気が重苦しくなってきた、近いな。
テレーザも気配を感じているのか口数が減る。
風の音に混ざって唸り声が聞こえた。
足跡で踏み荒らされた向こう、薄暗い森の中にに赤く光る眼が見える。
「さて、お客だ」
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