第8話 討伐前夜

「どうした、何を考えている?」

「いや、別に」


 依頼を受けた後、急き立てられるように乗合馬車で指定された村に向かった。


 乗合馬車のなかは退屈なもんだ。

 テレーザもしばらくは本を読んでいたが読み終ってしまっていた。暇なんだろう。


 窓の外はただただ草原と林が続いていて特に見るもものもない。時折獣のものと鳥の鳴き声が聞こえてくるだけだ。

 暇な方が、魔獣とかに襲われないだけましだと思うがな。


 街道が整備されているから馬車は比較的快適に進んでいる。

 この間に休んでおきたいんだがな。


 それより不思議なのはこいつだ

 実践魔術は読んで字の通り、冒険者や貴族や騎士団付きの魔法使いを養成する学部だ。

 アレクトール魔法学園は相当の素質が無ければ入れない。その中の首席ならB2が最初から与えられるのもわかる。


 ただ、なぜそんな奴がこんなところで冒険者をしているのか。

 儀式魔術ソーサリー魔法理論ロゴスと違って、実戦が大事なのは何となくわかる。


 しかし、なんせ魔法学園の生徒だ。いくらでも腕を磨く場所はありそうだが、わざわざ自分で冒険者を雇って危険を冒す意味があるんだろうか

 まあこれは考えていても仕方ないのか。


「しかしその格好で戦う気か?」


 彼女の服は会った時と同じ、白の長いローブにこれまた白のマント。文様が織り込まれた薄手のマントはいかにも上質な仕立てで、裾が長くてシミ一つない。


「問題あるか?」

「邪魔になるぞ、多分」


 街中ならともかく、野外での戦いには向かないと思うが。


「これは防御術式が組み込まれたものだ。これがいい」


 テレーザが素っ気なく言う。

 どうやらマントに物理攻撃か魔法攻撃への防御術式が仕込まれた魔法の防具らしい。

 魔法の防具なんて相当高価だから、なかなか持てるもんじゃないぞ。

 ただ。


「そういう意味じゃなくて、野外じゃ邪魔になるって意味だ」


 冒険者は戦うときは軽装なのが常識だ。

 この長いマントの裾はおそらく今回戦いの場になる森の中では木の枝とかに引っかかるし、長いローブは足に絡んで走りにくい


「なるほど、検討だけはしておく。だがこの装備の防御能力を超える程とは思えんがな」


 テレーザが相変わらずの口調で俺の意見を一蹴した。防御性能を言っているわけじゃないんだが。

 まあここで装備を変えることはできないし、言っても聞きはしないか。


 駆け出し時代は先輩の言う事が鬱陶しく思えて自分流を貫いてしまうもんだ。

 こればかりは自分で痛い目に合わないとわからない。俺もそうだったから気持ちは分かる。

 

「ならそれでいいさ。少しでも休んでおいたほうがいいぞ」


 そう言って硬い座席に身を横たえた。



 村に着いた時は空がもう暗くなってきていた。

 村の周りには柵が廻らされていて、広々とした麦畑や果樹園が広がっている。 

 空が夕焼けで赤く染まっていて、狩人や畑仕事を終えた村人たちが帰ってきているのが見えた。


 暫くして馬車が村の広場に止まった。

 馬車を降りて体を伸ばす。


「それで、これからどうする?」

「まずは村長に挨拶して情報収集だな」


「今日のうちに出発しないのか?」


 テレーザが平然と言った


「お前、正気か?」

「夜の方が魔獣の活動は活発化すると聞いた。夜の方が接敵しやすいだろう。今晩中に片付ければ明日には帰れる」


「馬鹿言うな」

「安心しろ。私は光の魔法を使える」


 こともなげにテレーザが言うが……


「だめだ」


 夜は魔獣の時間だ。魔獣は夜の方が狂暴になる

 それより問題なのは、単純に夜の闇は人間にとって不利ってことだ。夜目が効く魔獣と違って人間にとって夜の闇はそれだけで不利な要素だ。


 光の魔法は俺も見たことがある。松明よりはるかに強い光で広域を照らしてくれるし、野営のときにも世話になってはいる。

 だが、あれがあったとしても効果範囲がある。戦闘になれば圧倒的に不利だ。


「侮るな、私の力なら……」

「だめだ」


 こればかりは譲れない。


「俺はお前を守るのが仕事だろ。夜じゃ守り切れない」


 人間は魔獣の前ではあまりにも脆い。僅か一呼吸する間に仲間が死ぬなんてことも珍しくない。

 

「不利な要素を受け入れなければいけないときもある。だが避けれるものを避けないのはバカだぞ」

「それほど不利だというのか……」


「ああ」


 しばらくにらみ合いが続いたが、テレーザがため息をついた


「仕方ない」


 予想よりあっさり引き下がったな。

 正直言うともっと抵抗するかと持ったから、次の説得方法を考えていたんだが。


「ていうか、お前は不安じゃないのか?」

「なぜだ?」


「初めて組むんだぞ。分かってるのか?」


 駆け出しの冒険者は程度の差はあれ戦いを恐れる。

 それは臆病とかじゃない、当然の感覚だ。むしろそれがない方が問題があるときもある。

 戦いに恐怖を感じないという奴は恐れ知らずと呼ばれて無責任に称えられるが、多くの場合すぐ死ぬ。


「私はお前を信じている。何の問題もない」

 

 平然とテレーザが言った。


「は?」

「私はアルフェリズに来て10人以上に聞いた。B以上の条件で守備に長けた者の名を尋ねてほとんどがお前の名を挙げた」


 そう言って片眼鏡越しにテレーザが俺を見つめた。


「お前を私の能力を信用している。当然だろう。だからお前とパーティを組んだのだ」


 目を見て分かった。こいつは本当にそう思っている


「どうした?」

「ああ……そうか」


 馬鹿かお前は、という言葉を飲み込んだ。俺の能力を見もしないで。馬鹿かこいつは。

 ……しかし、あまりに直球で言われると困ってしまうな。


「いずれにせよ、私としてはなるべく早めに終わらせたい。いいな?」

「ああ、わかったよ」 

 


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