【16】地味子の両親ではなく、高嶺の花の両親に気にいられてしまいました

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 ―共通試験・二日目―


 俺は北条の頼みを断り切れず、夕方北条家に向かう。


 世田谷にある自社ビルは十五階建てで、三階まではオフィスになっていて、上階は賃貸マンション、最上階のフロア全てが北条家の自宅だった。


「北条は本当にお嬢様だったんだ……」


「やだ。光月君、私はお嬢様なんかじゃないわ。うふふ」


 どこがだよ。

 余裕の笑みじゃん。


 学校で北条が『高嶺の花』と言われる理由がやっとわかった。


「どうしよう。めちゃめちゃ緊張してきた」


「緊張しなくていいよ。いつもの光月君で大丈夫」


 いつもの俺って、超テキトーじゃん。


 和が共通試験を頑張っているのに。

 北条の家にノコノコついてくるなんて、やっぱりどうかしてるな。


 エレベーターに乗り込み、最上階に行く。北条がチャイムを鳴らしたら玄関のドアが開いた。恰幅のいい家政婦のお出迎えだ。


「麻夕お嬢様、お帰りなさいませ」


「ただいま。お父さんとお母さんは?」


「リビングでお待ちでございます」


「そう。光月君、きて」


 北条は俺の手を握り、リビングに案内した。


 リビングのドアを開けると、大理石の床がピカピカ光っていた。黒い革張りのソファーに高級ブランドスーツに身を包んだダンディな紳士が座っていた。


 いかにも日本の音楽業界を代表する大企業の社長だ。


「お父さん、ただいま帰りました」


「麻夕、お帰り。君が光月君ですか? ようこそいらっしゃいました」


「は、はじめまして。光月聖也です」


 北条の父親は優しい笑みを浮かべた。

 でも目は笑ってない。


「そう緊張なさらずに。座りなさい」


「は、はい……」


 ていうか、緊張するなって無理だよ。

 超、目が怖いじゃん。


「光月君座りましょう」


「うん」


 北条の母親が少し遅れて登場し、おもむろに父親の隣に座った。家政婦がハーブティーとクッキーやショートケーキを運んできた。


「ディナーでもしながら、ゆっくり君の将来についてのビジョンを聞きたかったが、急用が入ってね。家には三十分しかいられないんだ」


 俺の将来のビジョン……。

 俺の将来かあ……。

 考えたこともないけど、ひとつだけ決めていることがある。


 将来、俺の隣にいるのは……。

 北条ではないってこと。


 俺が挨拶しなけれぱいけないのは、北条の両親ではなく和の両親だ。


「光月君ごめんなさいね。主人はまた仕事に行きますが、ゆっくりしていって下さいね」


 北条の母親は上品に微笑む。

 北条は俺の隣でハーブティーを口に含んだ。

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