第4話
怜に電話をした。斎藤さんと一緒に新潟に行くと告げると、怜は
「ずいぶんと変わったお父さんだね」
と一言だけ言った。そうだね、と僕が相槌を打つと怜はくしゃみを一つしてから
「そのお父さん、聡子さんのお母さんが諒クンの初恋の人だって知っているの?」
と僕に尋ねた。
「そこまでは知らないと思うけど」
「知っていたら行かせたかな。だって男なんてどうなるか分からないじゃない」
「僕はそんなことはしないよ。斎藤さんのお父さんだって僕に会った上で僕を信じて頼んだんだと思う。そんな人の信頼を裏切ることはしないよ」
僕はむっとしてそう言ったが、暫く返答はなかった。
「もしもし、怜、聞いているの?」
僕が電話に向かって怒った口調で言うと、ふふふ、と笑い声が返ってきた。
「熱くならないでよ、諒クン。私だって諒クンはそんなことしないと思うけどそのお父さん、諒クンのことをそんなによく知らないんでしょう?それとも諒クンそんな勇気はなさそうだぞって思われているのかしら」
からかうような話し方だった。不意に怜と戯れあった時に掌に感じた怜の胸の弾力を思い出した。あの時怜の言葉に逆らってでも僕はもう一歩踏み出すべきだったのだろうか。
それにしても斎藤さんはどうしようとしていたのだろうか。もし彼女が親に内緒で僕に一緒に旅行に行ってほしいと頼んで来ていたなら、僕はやはり彼女と一緒に行きはしなかったと思う。そうすることで里親とでもいうべき人に決定的に斎藤さんと引き離されてしまうことを僕は怖れたに違いない。
斎藤さんからはあの夜、僕があの小料理屋から家に帰ったすぐ後に携帯に電話があった。
「すいません、お父さんがどうしても西尾さんに会っておきたいって言うから」
電話をしながら頭を下げている斎藤さんの様子が目に浮かんだ。
「いいよ。僕はお父さんに信頼してもらえたのかな?明日はどうします」
斎藤さんと話すとき何だか丁寧な言葉遣いになってしまうのが自分でも不思議だった。
「新幹線の中で待ち合わせにしましょう。お弁当は買わないでくださいね」
「どうして」
「私が作っていきますから」
「いいんですか」
「上手に作れるか分からないですけど・・・」
「じゃあ、僕は飲み物を買っていきましょう」
「お願いします」
きっとお願いします、と言いながらまたお辞儀をしたのだろうな、と僕は微笑んだ。一緒に行くあの丘の上で髪の毛が僕にかかった時にサイトウが、ごめん、と言って頭を下げた姿が甦る。
「まあ、でも気を付けてね。相手は高校生なんだから。変なことをしなくても何か事故でもあったら取り返しがつかないよ」
怜の言葉に現実に戻った。
「うん、そうだね。怜も話したいことがあるって言っていなかった?」
「それはまたね」
怜はそう言った。しばらく沈黙があって、
「うん、また連絡するから」
そっと電話を切る音がした。ツーツーと鳴る音の向こうに怜の密やかな溜息が滲んでいるような気がした。
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