お爺さんを70年位生きさせてください

ルーグナー

お爺さんを70年位生きさせてください

まるでシャワーのように、真っ直ぐ斜めに降る、そんな美しい雨の日である。

私は近くの神社で日記を拾った。日記には乱雑に、稚拙な文で生命を蔑んだような事が記されていた。しかし、最後には死ぬのが怖いと書いている。私はそれに心が打たれた。


カバンから筆記用具をごそごそ出す。私はシャーペンで死ぬのが怖いを生きたい、に変えた。そして、貴方が死んだら、私は貴方に会えなくなりますね。と書き添える。


その様なことをキッカケに、私は日記の持ち主と文通するようになった。

LINE等ではダメなのかと聞いたが、スマホを今は持っていないと言われ、断念する。


慣れない文字と、変換が使えない手書きの漢字を確認する日々だった。

彼と私は一日一言相談し合う。内容は次の昼ごはんは何を食べるか、とか眠い!だけの時だってある。


いつの間にか私は彼をグチ君と呼んで、彼の一言に一喜一憂するようになった。

例えば、可愛いアイドルを好きになった。と書いてあったら、自分とそのアイドル見比べてため息をこぼす。

好きなものをしりとりで発表し、私の名前が何回も形を変えて書かれた時、それが冗談だとしても堪らなく嬉しいかった。


淡い恋心を抱いていることに気づいたのは数週間経ってからのことだった。


ほんの大きな1歩を踏み出して、私は彼に会いたいと言ってみた。

でも、彼は会おうとしてくれず、拒まれてしまった。


私だけの一方通行だとすぐ分かり、失恋は桜が散るより早く訪れる。

私は馬鹿だと、羞恥心も含めて、顔を真っ赤にして泣く。すると、小綺麗なお爺さんが息を切らして、駆け寄ってくる。そして、私にハンカチを差し出してくれた。


「どうして、泣いているんだい。そんなに辛いことがあったの?」


私は複雑な紐を解くみたいに、詰まり詰まりに悩みを打ち明けてしまった。知らない人に、こんなに話したこともなければ、わんわん泣き続けたことも無い。

だからか、それとも誰かと重ねたのか。特別に、お爺さんを信頼することになった。


私はお爺さんの家を時々訪れるようになる。お爺さんは私が来る度、微笑んで出迎えてくれた。


「生きるのが辛くなってね、神社で死にたいってお願いしてしまったことがある」


お爺さんは椅子に座ったまま、目を細めて、遠くを見つめた。


「その日に、俺は病気になってしまった。三年以内に死ぬと、医者に言われたよ。そしたら、俺は必死になって自分の病について調べた。スマホとは便利なものだね」


「お爺さんスマホ持ってるの?……でも、スマホ使ってる所、見たことないなぁ」


「持っていたよ。でもスマホで沢山情報を見て、何度も辛くなってしまって。それで川に捨ててしまった」


だから。とお爺さんは穏やかな微笑で私を見つめた。


「素敵なあだ名を付けて、呼んでくれたり。楽しくお喋りしてくれる人が君を嫌いになるわけがないんだ。 理由があるから。その子と文通を続けてあげてほしい」


不思議な言い方で、お爺さんは顔色を伺うように眉を垂らした。お爺さんが三年以内に死ぬという事からか、私は何も言えなくなってしまう。


帰り際、私は玄関の前に一人ぼっちのお爺さんに向かって、息を吸った。そして、目に熱を込めながら、腹から声を出す。


「生きて!!」


お爺さんは純粋に、ただグッと唇をかみしめる。私はゆっくりと目を腕で覆うと、生暖かさを感じた。


私はお爺さんとの約束で日記を続けるようになる。三年かぁ……私はお爺さんの為に何かしたいと思いはじめた。それで、お爺さんが行きたいって言っていたな……。


私はしかめっ面した曇り空を眺めながら、ちょっとずつ計画を立てていった。


「ねー、お金稼げる方法ないかな」


「ウチらバイトできないし無理でしょ。小遣い貯めなよ」


「やっぱり、お小遣いか……」


私のお小遣いは三千円程度、新幹線2人分と観光代金……。スマホで調べて、計算すると結構な額になってしまう。

周りは五千円くらいもらってるからと言って、両親にお小遣い上げてもらえるように頼もうか……頼んでもくれないよね。


私は諦めて、その日下校することにした。

途中の、日記を拾った神社に目がいくと、不意にお爺さんの言葉を思い出した。お爺さんは死にたいって、神様に言っちゃったんだ。

急に目頭が熱くなり、カバンを投げ捨てる勢いでお賽銭箱まで走った。かったいローファーが階段を上がる際に脱げてしまう。


「神様、お爺さんを70年位生きさせてください」


無茶苦茶な願いを何度も言いながら、強く強く手を組んで願った。カランカランと本坪鈴がひとり出に音をたてたくらいで、ただ答えてはくれない。



お爺さんは私の前から姿を消した。

お爺さんの家には誰もいない。傍に、花束が置いてあるだけだった。


そして、日記の主であるグチ君が会いたいと私に言ったのも、消えたその日だった。


待ち合わせの神社に、赤い傘を持った男の子がいた。他校の制服が妙な違和感を抱かせる。

彼の濡鴉の艶やかな髪色が神秘的な雰囲気に、運命的な感じに統一させているような、そんな気がした。


目に見えない物は信じない主義なのに、これからは楽しく一緒に過ごせる仲になると錯覚した。


彼が振り返ると、あのお爺さんの面影を残した少年だった。思わず、お爺さん?と蚊の鳴くような声で呟くと、彼はニカッと白い歯を見せて笑う。


「また、会えて嬉しいな」


「お、お、お爺さん……!何で、何で?お爺さん、グチ君に憑依したの!?成仏するために」


「死んでないよ。俺はお爺さんであり、グチ君でもあったんだよ」


「ごめん、何言ってるかよくわかんないぃ」


私は赤子のように啼泣する。グチ君はまた、あの時のように慌ててハンカチを差し出してくれた。


「ほんと、泣き虫だなぁ……」


「泣きたくないのに、グチ君が泣かせるんじゃん。泣くの恥ずかしいのに」


グチ君は困ったように力なく微笑を浮かべる。私はグチ君のハンカチをギュッと掴んだ。


グチ君は順を追って、私に説明してくれた。

色々な事に疲れて、自殺しようとした。でも、自殺する勇気が無くて、神社に死にたい。とお願いしたこと。そしたら、神様がグチ君に三年以内に死ぬ呪いを掛けた。

グチ君はお爺さんになってしまった。



最初は何とも思わなかったそうだ。しかし、家族に会えなくなったり、仕方なく知り合いに頼もうと思っても誰もこの姿じゃ信じない。

どうしようかと思った矢先に、唯一、一人暮らしをしていたグチ君の兄が信じてくれ、家に置いてくれたらしい。


そして、死に抗う事に自暴自棄になっていた時に最後に生の執着を捨てようと日記を書いたらしい。それを拾った私と出会い、今にいたるのだと。


「俺もなんで、呪いが解けたかわからないんだ。でも好きな人と同じ気持ちだって知れたから、まあこれはこれでいいかなぁ」


グチ君がついついポロッと言った言葉に、私はギクリと体に一瞬力を入れた。お爺さんに全てグチ君の事を相談していたため、私の想いは筒抜けだ。グチ君はみるみる顔を赤く染めて、しまったと口を閉じた。


「な、何のことでしょうか」


「え、えーと……すみません。独り言で、その……ついつい言ってしまったと言いますか……」


しばらく、沈黙が続く。顔に熱を帯びさせながら、お互い違う方面に顔を向けた。


「き、今日!あ、雨なんだって」


グチ君が沈黙を破った。


「雨……あ、傘忘れちゃつた」


私が空を見上げると、パラパラと雨が降り始める。グチ君はそっと傘をさして、私をその中に入れてくれた。妙な近さが気まづくてたまらない。


「私、変な子だったよね……本当に。お爺さんに……いっぱいグチ君のこと沢山話したし……」


「確かに、自分の話をされるのって少し恥ずかしかったよ。兄さんが2階で聞き耳立ててるし」


「えっ……お兄さん、聞いていたの!?」


「う、うん実はね。俺は嬉しかったな……凄く優しい子で、君はこんな俺の話でも笑ってくれる。……すっごい好きだなぁって」


グチ君はニコニコしてそう語った。その後すぐ、体を硬直させ、またまた、顔を林檎のように染める。


「な、なんて……あの!別にその両想いだなとか、付き合いたいとかそういうんじゃ……なくもないから!」


なくもないから……。しばらくまた沈黙が続いた後、私は彼の半袖を軽くつまんだ。

グチ君は下を向きながら、ちょっとずつ言葉を紡ぐ。


「……両想いでいいですよね」


「……はい、両想いです」


「付き合い……ますか?」


「付き合いたい……です」


「だ、大事にしましゅ!」


私は満面の笑みで、グチ君を見た。キラキラしたオーラを纏ったまま、私は口を開く。


「噛んだね」


「やめて?」


神社の本坪鈴カランカランと鳴ったのを聞いて、私達は何事も無かったように歩き始めた。

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