第16話 「 後悔と記憶と 」

 場所を変えて――村長の家。


 そこは、得も言われぬ圧力が場を支配する空間だった。決して詰問が人を責める空間ではない。問う側の雰囲気と問われる側の後悔とが混じり合って、とてもではないが良い雰囲気を形作れないだけだ。


 テーブルを囲む四人と一匹が作り出す異様。

 マルコはそんな場所で、脇に座るルチルと一緒に息を飲んで見守っていた。村長としての務めを全うしようとするアニールを。暗く陰鬱な男性――マメとキノコと名乗った二人を。


 時間にして一時間。アニールが振舞ってくれた茶のカップはもう、しんと冷え切っている。


「なら、あなたたちはあの崖下の川で、砂金を集めようとしていた――そうおっしゃるわけですね?」


 それはカップにとどまらず、アニールの声にも少なからず現れていた。受け答えるキノコの丸まった背筋をどれだけ凍えさせているのか。マルコには想像が出来ない。


「ええ、そうです。うちたちと姐御は、その為にここ二ペソの山に来たんでさ。伝承を頼って文献を漁り、長い旅の果てにようやく……ようやくあの川に辿りついたんです」

「そして辿り着いたあの川で砂金を探していた理由っていうのが、溺れていた女性のカルネさん、その故郷を助けるため」

「ええ、そのとおりでさ……」


 ため息をつくように歯を食いしばるキノコは、曇っていた表情をさらに険しく歪めた。隣のマメも同様に、ぎゅっと握った手をもう片方で包むと、ともすればそのまま握りつぶしてしまうような様子で力を込めた。


「もっと早く、今朝にはもう何とかするべきだったんす……ああ、キノコ。姐さんがああなったのはあっしの所為さ。強引にでも、縛り付けてでも休んでもらえりゃ……」

「言うんじゃあねえよ。誰が悪いかなんて、考えてみりゃあそこの子牛にだって分かることだ。子牛には何度頭を下げても、何度ありがとうと言っても足りねぇくらいのでっけぇ恩がある。村長さんにしても同じだよ。けれどもなぁ、俺たちが犯しちまった間違いはそれだけじゃあねぇ。姐御の『故郷を救う』って強い思いを、自分勝手に『思いやる』なんて考えで放って置いちまった俺たちこそ、姐御を追い詰めちまう結果を作っていたのさ。そうだろう、マメよぉ」

「キノコ……あっしは……あっしは……ッ」


 感謝はある。安心もある。でも、圧倒的な後悔と罪悪感が両者を塗りつぶしてもいた。


 沈鬱と陰鬱。極端に重い己の感情が二人の男を縛り付ける。だから、改善されない。一時間を過ぎても場の空気は重さをさらに増していく。

 そんな二人を前に。


 アニールは怒りとも蔑みとも違う、けれどそれらと非常によく似た感情で溜息を小さく吐き出して、聞いた限りの情報を整理していた。整理することで、倒れるまで見捨てられていた女性がいた事実を、何とか飲み込もうとするように。


 彼らが此処まで来た理由。ここでの目的。目的を達成した後に何を成そうとしているのか。それらを順々に。

(砂金を探して、見つけること。見つけたらお金に換えて、薬を買う。それも大量に。そして故郷を襲っている疫病『五年掛かり』から村人を救う……か。なんだか壮大)


――『五年掛かり』。

 それは、大草原と言って想像するような広大な平原で極稀に流行する、乾燥地域特有の病気だ。発症からきっかり五年で命を奪う恐ろしい病気で、近年に治療薬が発見されるまで、根本は祟りや呪いだと言われてきたもの。そして、治療薬の情報がすべての地域へと渡り切っておらず、まだまだ神の怒りや悪魔の嘲笑が引き起こしていると頑なに信じられている地域も多い。


(カルネさんの故郷のウルク・マリって場所がどこにあるのか分からないけど、二ペソの一帯は連峰に囲まれた土地で、平野なんてないんだから、きっとずっと遠くにあるはず。そんな遠くからわざわざやって来て、自分の身体が疲れているのも忘れるくらい一生懸命になる……ただ一獲千金を狙ってだとか、軽い理由じゃないのは伝わる。――けど)


 素直には呑み込めない話だった。理解が出来ないじゃない。納得が出来ないのだ。彼らの話が事実であっても、無理やりカルネという女性をこの二人が働かせていたわけでないにしても、話の根幹部分に当たる『砂金を見つける』がぴんと来ていないのだ。


 だって、ここ二ペソという村に金が取れるという話が残っていない。

(普通ならどんな形でも耳にしてるはず。二ペソに程近い川で砂金が取れるとか、ううん、昔は取れていたって話すら残ってないんだもの。前村長だったおじいちゃんだって、金が取れる場所は、近くに金脈がなければあり得ないって言ってたし。それ、に……あれ? そう言えばおじいちゃん、あの時、変なこと言ってた、気がする……?)


 はたと思考が飛んだ。頭の中に古い記憶がよみがえる。それは祭りの夜の記憶。祖父の膝の上からマルコの手を握っていたような、幼い思い出だ。


 アニールは不意に出てくる記憶にドキリとしながら、しかし村長としての務めを全うしようと意識を切り替えて、そっとマルコに耳打ちする。


「ねえ、マルコ」

「はい、どうしました?」

「そういえばさ、きらら祭りって、もとは金裸祭っていう名前だったって憶えてるかな? ほら、昔二人で聞かされたでしょう」

「えー、っと。はい、覚えていますよ。『わしのじいさんの頃にはきらら祭りの名も違ったんじゃよー』って、アニールさんのおじいさんがミルク酒で酔っ払いながら話してくれましたね」

「そう、それ。おじいちゃんがミルク酒を飲むなんて祭りの夜くらいだったし、飲んだ時には結構深く飲んでいたから本当の所は分からないけど、あの時、こうも言ってったよね――金裸祭は山守りの祭り。山を守って、山に守られることを感謝する祭りだ。って」


 その時、マルコの脳裏には思い出が映像として再生されていた。


 きらら祭りの夜。村の中央にある広場で大きな焚火を囲む、にぎやかなひと時。

 ニペソの前村長が語る、牧場の初代主から代々受け継がれてきた山守りのお役目の、おとぎ話だ。

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