ありえない おまじない

@mizu_no_soko

ありえない おまじない

親友、ってなんだ。


ミズキは、たぶん私の親友だった。

小学校の入学式で席が隣になって、それ以来の関係。


趣味は合わない。

性格も違う。


時々、大きな喧嘩をする。

でも喧嘩をするからこそ、親友と呼べる間柄なのだろう。

うん。


さて、困った。

どうやって仲直りしようか。


ミズキ。

あいつは、しつっこい。

私の走り方についてイジるのは、よしとしよう。

私も、もう中二だ。

一度言われたくらいなら、笑って、受け流す。

そんなこともできるくらい大人の女なのだ。


ところがミズキときたら、私の反応が薄いといって何度も何度もイジってくる。

本当に、しつっこい。

私はミズキよりも大人だから、相手にせず無視をする。

それが気に入らなかったらしい。

目には目を。

歯には歯を。

無視には無視を。

ハンムラビ女だ、あいつは。


そんなハンムラビ女とも、仲直りをしなくてはならない。

クラスにミズキ以外、特に親しい友達はいない。

これから行事とかある時、ひとりだとたぶん困ることになる。


放課後もずいぶんと暇になった。

掃除当番じゃない日は、一番に教室を出て家に帰る。

こりゃ部活にでも入っておくべきだった。


ひとり、自分の部屋でやることといえば。

動画見たり、音楽聴いたり、本を読んだり。

一時間もすれば、ハイ暇人。


やることなさすぎて、小学生時代の遺跡(勉強机)を漁ってみちゃったり。

お、写真とかプリとか貼ってあるアルバムが出てきたねえ。

ほう。

どの私も、ミズキと仲良さそうにしている。

そっと元に戻す。


続きまして取り出しますのは。

『シスターZの怪しいおまじない』

懐かしい、小学生時代にノリで買った本だ。


もくじ。

『嫌いなクラスメイトの眉毛を繋げるおまじない』

『話の長い校長の頭にタライを落とすおまじない』

『ワキからシトラスの匂いが出るようになるおまじない』

『インテリ気取ってる奴に授業中、先生をママと呼ばせるおまじない』

確かに、怪しいおまじないだ。


『親友と仲直りできるおまじない』

普通のおまじないもあるじゃん。

ん、親友と仲直りできるおまじない?


いやいや。

私は大人の女。

さすがにこんなの、信じるわけがない。

一旦、本閉じ。


『鳥のマネをしながら全力で部屋を三周し、一秒以内に生卵3つを飲み干すこと』

あああっ。

気が付いたらキッチンへ行って、グラスに生卵を3つ、入れてきてしまった。


ぱたぱたぱた。

一周、二週、三周。

ごっくん。


あれ。

気が遠くなる。


しばらくして目を覚ますと私は、自分が一台のロボット掃除機の姿になっているのを発見した。

これは夢なのか。

ベタに頬をつねって確かめようと思っても、腕がないのでできない。

全身がお盆のような姿なのだ。

一応、前後左右に動いたり、回転したりはできる。

うごく度に、自分から電動音がする。

『電動音』妙に興奮する言葉である。

照れ。


おっと、そんなこと考えている場合ではない。

話すことはできないが、周りを見ることはできるようだ。

再び本に目をやる。


『親友と仲直りできるおまじない』

『消しゴムのケースの裏に友達の名前を書いて、一週間誰にも見られなければ叶うよ』


ん?

生卵がどうとかいう話はなんだったのか。


うそ!

次のページ。

『目を開けて最初に見たものに姿を変えられるおまじない』

『鳥のマネをしながら全力で部屋を三周し、一秒以内に生卵3つを飲み干すこと』


なんてこった、読む場所を間違えていたとは。

確かにあの時、生卵を飲み干してすぐ、部屋にあるロボット掃除機を見たかもしれない。

動けるだけよかったと思うべきなのだろうか。

こうして、本のページをめくることだってできるし。


『目を開けて最初に見たものに姿を変えた後、元に戻るおまじないは次のページに』

よかった。

ちゃんと書いてあるではないか。


次のページは。

無い!

まるまる、該当ページが破られている。

一体、どうしたらいいの。


夜になって共働きの両親が帰ってきた。

実の親だったら、娘がロボット掃除機になろうがフライドチキン屋のオッサンの置物になっていようが、気が付いてくれるはずだ。


「あなた、このロボット掃除機、まとわりついてくるんだけど。気持ち悪い」

「外に出しちまえ」


追い出された。

もしかしたら一生、ロボット掃除機のままなんだろうか。

王子様の口づけで、元に戻ったりはしないだろうか。


王子様か。

私はなんの苦労もしないでぬくぬく育った男など、タイプではない。

ミズキはそういうの好きみたいだけど。

つくづく趣味が合わない。


それでも、元に戻れるだけ幸せだ。

こうなったらヤケクソだ。

王子様を探してやる。

ああ、動けてよかった。

夜だから人通りも少ないし。

とほほ。


この辺は、ミズキの家の近くだ。

今頃、あいつは呑気に家族団らんでもしているのだろうか。

ちょっと様子を見に行ってみるか。


玄関前にミズキがいた。

電信柱の陰から様子をうかがう。

スマホを片手に、画面をタッチしようかしまいか逡巡している様子だ。


ふと、背中に違和感を感じる。

これは。

Gだ!

ゴキブリだあああ!

全速力で逃げる。


しまった。

ミズキに見つかった。


「ひょっとして、アカリ?」


そうです。

ご紹介が遅れました。

私の名前はアカリだったのです。

よろしく。


親でもわからなかったのに、ミズキは私だと気が付いてくれた?


「もしアカリなら、縦に2回、動いてみて」

言われた通り、動いてみる。


「アカリ!」

ミズキは私を持ち上げて、抱きしめてくれた。

あなたが今ほっぺたスリスリしてるところ、さっきゴキブリが乗ってたところだけどね。


ミズキの部屋に入るのは、なんだか久しぶりだ。

私はミズキに、カナ50音表を広げさせた。

こういうのをいつまでも持っている女、それがミズキなのだ。

横断歩道を渡るとき、いまだに手を挙げる、それがミズキ。

定規は今でも小学生の学年誌の付録、それがミズキ。


さらに、私(ロボット掃除機の、ね)の上にペンを置かせた。

ペン先が指している50音表上の文字を繋げることで、私とミズキは会話ができるようになった。

こっくりさんと同じ要領ね。

こういうことを咄嗟に考え付く女、それが私、そうアカリ!


『ドウシテ掃除機ガ私ダトワカッタノ』

「言っていいのかな」

『言ッテヨ』

「動き方が独特だったから。アカリってこんな姿になっても走り方が、いやなんでもない」


おうおうミズキよ、まさに今回の大喧嘩の原因はそれだったな!

また走り方をイジる気かい?

でもそのお陰で私だと気が付いてもらえたんだし、結果よかったのかな。


私は、おまじないの本についてもミズキに説明した。

「その本、どっかで見たことあるかも。明日、本屋で聞いてみるね」


あの本さえ手に入れられれば、元に戻る方法もわかるはず。


ところが。

『シスターZの怪しいおまじない』は絶版とのこと。

ならばとネットで中古本を探してみるも、一冊も見つからなかった。


さすがに私も恐ろしさに震えた。

もう二度と元には戻れない、かもしれないのだ。


「大丈夫だよアカリ、ずっとここにいるといいよ。私がずーっと守ってあげる」


ミズキ。

ありがとう。


「部屋の掃除してくれるから便利だし。ね、アカリ」


やれやれ。

こういう場面で、こういうことを言ってしまう奴なのだ。

大人の私が大喧嘩してしまったわけも、今の一言でだいたい察していただけたことだろう。


まあいいでしょう。

置いてもらえるなら、部屋の掃除くらいしてあげますわよ。

こういうベッドの下とか、あなた掃除したことあって?

ほらほら、紙くずが出てきたわよ。


ん。

この紙って。


「アカリ、なにこのゴミ」


ミズキは紙を広げて、読み始めた。

途端に、顔が青くなっていった。


私はカナ50音表で。

『ナニガ書イテアッタノ?』


「好きな男子に告白する勇気が持てるおまじない」


まさか。


「思い出したよアカリ。ごめんごめん」


ミズキの話によると。

小学四年生の時、好きな男子がいたらしい。

そんな時、私の部屋で『シスターZの怪しいおまじない』の本を発見。

思わず、好きな男子に告白する勇気が持てるおまじないのページだけを破り取り、家に持ち帰ったらしい。


「どうりで、どっかで見たことある本だと思ったはずだ。あはははは」


告白するおまじないの裏面を見て、私はハッとした。

『目を開けて最初に見たものに姿を変えた後、元に戻るおまじない』

『ゆでたまごを10個乗せながら時計回りに5回、反時計回りに5回、回転する』


ここに書いてあったのか。

これで、元に戻れる!

全部あんたのせいだったよ、ミズキ。

でも、これでいいのだ。


こうして私は人間へと戻り、ミズキとも仲直りできた。

仲直りした後でも、ミズキに一日一回は腹を立てる瞬間があるように思う。

それでも、私たちは。


親友、ってなんだ。

なんだと思う、ミズキ。


(完)

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