4―1

起きてほしくないと願うものほど、起きてしまうものだ。

瀧聲が恐れていたそれは、ある日突然起きた。


雨がしとしとと降る、霧に包まれた夕方。


いつものように、瀧聲が巣のある駅舎に向かうと、鳴き声がした。

ピィピィと鳴く雛の声をかき消すかのように聞こえてくる、一際大きな鳥の声。


夕暮れによく響く、このダミ声は――



「……カラス!?」


一気に血の気が引いた瀧聲は慌てて走り出す。

だが、着いた頃には既に数羽のカラスが巣をつついていた。


巣を取り巻くカラス、悲鳴をあげる雛。


瀧聲が最も恐れていた、最悪の光景だ。



「やめろ!」


傍にあった梯子を掴んで、カラスに向かってぶんぶん振り回す。

だがカラスはおちょくってるのか、ひらひらとかわして遊んでいる。



楽しそうに飛んで舞うカラスが憎くて仕方がない。


――何か、使えるものはないか?


梯子を振り回して牽制しながら、瀧聲は周りを探す。

どんな時も冷静に状況を観察し、最善の方法を見つける――それは、飛べないなりに生き延びようと瀧聲が培ってきたものだった。


「……あった!これを使えば!」


駅舎の窓の桟に置かれた、消臭スプレーに手を伸ばす。

それから瀧聲は何の躊躇いもなく、スプレーをカラスに向かって吹き付けた。

ブシュウウゥゥッ!という派手な音と共に、柑橘系の香りが鼻を刺す。


――カァ!カァ!


直に喰らって危険を感じたのか、カラスたちが巣から離れる。


「二度とくるな」


スプレーを構え、もう一度カラスに向かって吹き付ける。


――カァ。


どこか恨めしげな目で瀧聲を見ていたカラスだったが、一声鳴くと飛んで去っていった。

バサバサと羽ばたく音が遠ざかっていく。



「……やっといったか」


追い払ったことで力が抜け、瀧聲はその場に崩れるように座り込む。

だがその時、瀧聲は遠ざかるカラスの足に、何かが掴まれていることに気づいた。


丸くてふわふわの、あの小柄なものは――



「ピーちゃん!」


気づいた時には、遅かった。

空高く舞って逃げていくカラス。

どんなに追いかけて手を伸ばしても、もう届かない。

ぐんぐんと遠ざかっていくその姿に、瀧聲は生き別れたかつての友人を見た。


「そんな……」


梯子をかけて、巣の様子を確認する瀧聲。

何度数えても三羽しかいなかった。

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