空は青し、君よ進め

有里 ソルト

1―1

透き通った空。遥か頭上に浮かぶ雲。

風薫る五月の空は、すっきりと爽やかだ。

だが、少年が見上げているのは空ではなかった。


「うーん……」


小さく唸りながら、一生懸命駅舎の壁に向かって背伸びをする少年。


高校生ぐらいの歳の見た目に、小柄な身長。

その首元には、季節外れの真っ白なマフラーがはためいている。


「やっぱり無理か」


何かを諦めて、少年は背伸びをやめる。

背後から、声がかかった。


「瀧聲。こんなところで何してるんだ?」


「ん、アヤメ」


声をかけてきたのは金髪碧眼の青年――アヤメ。

どこか風雅な雰囲気を纏う彼は、少年――瀧聲(タキナ)の身近な友人だ。

どうやらケーキ屋のバイト帰りらしい。


瀧聲は頭上を指差した。


「いやさ、あれを取ろうと思って……」


「あれって……燕の巣か?」


瀧聲が指したもの、それは駅舎の壁に張り付いた燕の巣だった。

中では燕がじっとこちらを見つめている。


「もう燕が来る季節か。早いもんだねぇ」


しみじみ言ったアヤメは、「はて?」と首を傾げた。


「何で燕の巣を取ろうとしたんだ?まさか、取って食うつもりか?」


「違うよ。そんなことするわけないでしょ」


「どうだかなぁ?」


井戸の中で寝て死にかけた、人の財布で暴食した、覚えた知識が違っていてその都度迷惑をかける――


今までの付き合いが付き合いなだけに、アヤメの瀧聲に対する信用度はとても低い。


ジットリしたアヤメの視線に気づいていない瀧聲は、燕の巣を見ながら「あれ」と今度は巣を指差した。


「美味しいんでしょ?燕の巣って。どうやったら取れるかなって」


「……は?」


「だから巣だよ。スープにすると美味しいって言うから……」


「分かった。お前さんが何を勘違いしているのか、だいたい分かったからそれ以上言わなくていい」


瀧聲の言葉を手で制したアヤメは、ため息をつくと説明した。


「それは同じ燕の巣でもアナツバメという鳥の巣だ。日本にはいないし、そもそもよく見かける燕の巣は食えない」


「え、違うの……!?」


黄色い瞳を目を丸くする瀧聲。

途端に風船から空気が抜けるように、みるみる生気が失われてゆく。


「何だ、高級食材が手に入ると思ったのに……スープにしようと思ってたのに……」


「どっからどう見ても、あの泥の塊を食えるわけないだろう……全く思った以上に発想が酷かったな」


残念がる瀧聲に苦笑いの顔を向けたアヤメは、「それに」と付け加えた。


「お前さん今じゃ立派な妖だが、昔は梟だったんだろう?同じ鳥類同士、共食いってのもねぇ」


「……そう言われても」


困ったように呟いた瀧聲は、ぼんやりと遠くへ視線を向ける。



「……ずっと、昔のことだよ。何百年も、ずっと……前の話」


そう言った彼の顔には、無表情ながらも何処か寂しい色が滲んでいた。

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