第64話 思い詰めると人間焦るモノなのだろうか。

 「本当に申し訳ありませんでした。」


 スタッフが謝ってきた。

 一応説明をすると理解してくれたようだった。


 奴がそのまま何処かへ逃げて行ったために、物取りとかで追いかけられていたわけではないと判断されたのだろう。

 奴の眼や表情が異常だったのも説明に真実味を増したのかもしれない。


 ついでにスペースであった事も話しておいた。

 広場に行ってる間に妹が奴に鉢合わせた時の事を。


 「審議を問うなら両隣のスペースの方にも聞いてみると良いですよ。」

 友紀さんのサークルの名刺と場所を伝える。


 いきなりどうこうする事は出来ないが、要注意人物としてスタッフで情報を共有する旨を了承いただけた。

 まぁ殴られたりはしていないのだ。スタッフもそこまで大々的には動けないのだろう。


 その後車に戻ったが、トイレにいっただけなのに時間がかかった事に何か言われるかと思ったけれどそんな事はなかった。


 千奈が事情を説明してくれていたようだ。


 「乱闘にならなくて良かったですね。」

 五木さんがほっとしたように言った。


 「家まで着いて行きましょうか?」

 真理恵さんは言ってくれるけど。


 「大丈夫です。途中分かれ道家手前のどこかコンビニまで一緒で。買い物しておきたいし。」


 「了解。今日はどっちかの家で一緒にいた方が良いよ。」

 真理恵さんは離れない方が良いと言うが、それは俺も思った。


 「じゃぁそっちの車に向かいますよ。」



 何かあったらと心配なため、後部座席に友紀さんと千奈を載せる。

 咄嗟の時に運転席では対処しきれないためだ。


 それにしてもこんなに長い時間空虚にさせるなんて……奴め、赦さん。



 途中越谷家と天草家の分岐に近いコンビニに一旦立ち寄る。

 友紀さんにトイレは大丈夫かと聞くと大丈夫と返ってくる。


 千奈に見ていてもらいコンビニへ。


 飲み物をいくつか買い清算を済ませる。

 コンビニを出ると軽く挨拶を交わした。


 「何か困ったら連絡ちょうだいな。それじゃ、友紀さんを頼んだよ。」


 五木さん達は家路に着いた。




 奴のあの表情……思い出してもムカついてくる。

 しかしなぜ今なんだ。

 前回冬コミの時でもよかったはずだ。


 服役でもしていたのか?

 疑問は残るが、次の冬は色々考えた方が良い。

 


 友紀さんは結局帰るまで正気に戻らなかった。

 とりあえず俺の家に連れてはきたけれど。

 さて、どうしようか。

 しばらくは千奈もいてくれるだろうけど。


 友紀さんをソファに座らせて千奈の分と合わせてMAXコーヒーを用意してプルタブを開ける。

 甘い香りがあたりを落ち着かせる。


 

 「あぁ……はっ」


 友紀さんからだ。


 「わたし……」


 「大丈夫だよ、ここはもう俺の家だから。千奈もいるし。」


 甘い香りを嗅いで脳が覚醒したのだろうか。

 いつもの落ち着く香りが覚醒させたのだろうか。

 とにかく友紀さんの焦点は定まるようになっていた。


 「あの人の事、話で聞いただけなのに取り乱して放心しちゃったみたいで、迷惑かけてしまってごめんなさい。」

 頭を下げてくる友紀さんに対して咄嗟を制止する。


 「そんなの大丈夫だから。迷惑だなんて思ってないし、それより元気だして。」


 「それに俺だって、あの女と思わぬ再会をした時平常心だったとは言えなかったし。」


 どうにかは落ち着いて見える。

 因縁のある相手の事が出てきたのだから、平常通りでいろというのが無理な話でもあるけど。


 「俺達を頼っていいから。」


 「そこはじゃないの?おにいちゃん。」


 そうなんだけど、言葉の綾というか実際一人で無理なら複数人でというのは基本だし。

 今日は上手い事撒けたけど、またどこで鉢合わせするかわからない。

 冬参戦するなら確率は上がるし、オンリーイベントだって低いとは言えない。


 もっとも参加するとしても冬だけだろうけど。

 友紀さんも落ち着いたように見えるし、軽く夕飯にする。


 本来ならみんなでアフターの予定だったけどそれどころではなかった。

 あの状態でどこかによるのは不可能だった。


 「「美味しい」」

 

 真人特製オムライス。

 そうはいっても普通にスーパーの材料で作っただけなので格別美味いわけでもないんだけど。


 イベントの時は朝の後はほとんど食べないのでより美味しく感じるものなのだ。

 あとは愛情?


 「ごちそうさま。じゃぁ私は帰るね。何かあったらかけつけるから。」

 食器を流しにつけて、その足で帰っていく千奈。

 逞しい妹を持って幸せだよ。


 風呂のお湯張りのスイッチを押し、溜まるまでの間に食器を洗う。 

 拗らせてはいるけど使用済み食器を舐めたりはしないからね?

 誰に言い訳してるんだか。


 友紀さんが先にどうぞというので先に風呂は済ませる。

 風呂は心を落ち着かせてくれる。

 喫煙者が一服する事で気分転換というのと似たようなものだろうか。

 少なくとも思考を切り替えるには風呂は悪くない。


 そして入れ替わりで友紀さんが入っている間にキャリーケースの片付けをする。

 友紀さん専用ミニ箪笥が我が家には追加されており、その中に着替えとなる下着類や寝巻は入っている。

 もちろん俺は開けたりはしない。


 もう半同棲に近い事はしている。

 主にイベント前後とか。

 同じように自分のお泊りセットも友紀さんの家と何故か友紀さんの実家の方にも置いてあったりする。


 

 キャリーケースを開き、整理する。

 前回から買う量は格段に減ったと思う。

 着替えて広場で撮影して、また着替えてとやってると時間が取れなくなってくるのが大きかった。



 暫くして風呂場のドアが開けられる音が聞こえる。


 脱衣所の扉を開けて出てきたのは


 「なっなっなっ」


 全裸で立ちすくむ友紀さんの姿だった。




―――――――――――――――――――――――――


 後書き。


 スタッフに取り押さえられたのは、待てと声をあげられて追いかけられていた事と、


 走らないでという呼びかけを無視したためでした。


 そして……友紀さんご乱心!?

  

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る