第63話 夏コミ、そして奴との邂逅

 プールも花火も終わり、今日からは夏コミという戦争が始まる。


 最終日のため当然一番混雑する……と思っている。

 男性向け18禁本はあるし、企業のイベントもメインは最終日に持ってきてるし。

 何しろそれらの元となる絵師様達の大手サークルは大抵最終日。


 友紀さんのサークルチケットは1枚は真人、1枚は千奈の元へ渡っていた。

 本当は霙さんが手伝う予定だったけど、朝一からは厳しいという事で千奈が駆り出された。


 山梨家は今回総出で来るらしい。嫁さんに挨拶位はするかと考えている。


 友紀さんのブースの準備はそんなに時間がかからない。

 テーブルクロスを強いて、ラックで台を作り一部立てかける。

 後は寝かせて置いて、値段表を見本に貼っておく。


 「ねーねー。友紀さんはPOPとか作らないですか?」

 千奈が付近の他のレイヤーさんのサークルを指さして尋ねた。


 「あ、うん。流石に恥ずかしいというか。別にそこまで大手どころか中堅でもないし。」

 女性陣同士はあのプールや花火の日に関係がぐっと縮まっていた。

 そのため、喋り方が大分フランクになっている。


 「千奈、着替えてくるからちょっと待っててくれないかな。」

 「オッケーいいよ。友紀さんもどうぞ。私は別にただの売り子手伝いなので気にしないで良いですよ。」

 未来のお義姉さんだし……と。


 実際始まっても、テキヤをやってるくらいだから大丈夫だろう。

  

 

 着替えが終わって戻ってきたのは、あの時進修館で合わせた水銀燈と真紅だった。


 「ほえー友紀さん、やっぱお兄ちゃん可愛いわー。」

 兄を捕まえておいて何を言うか。


 「元々中性っぽいから化粧したらわからないね。」



 

 始まる10分前に後輩の山梨一家が尋ねてくる。


 「えー、コレが越谷さん?うっそー。ナニコレテンパってきたー」

 山梨の嫁さんが挨拶にくるなりヲタ化けした。


 「おはようございます。娘さんが引いてるのでその辺で勘弁してください。」


 「あっハイ。写真良いですか?」


 周りに迷惑を掛けない程度に許可した。



 「あ、奥さんも一緒にお願いします。」


 ぼふんっ

 友紀さんが震えるぞハート状態にヒートしてしまった。


 「あ、ま、まだ奥さんでは……」


 「まだって事はもう奥さんで良いのです。水銀燈の旦那と、真紅の嫁。なんかもうカオスで萌えるわー。」

 

  


 取り残された千奈と山梨と娘さんは地面に「の」の字を書いていた。

 両隣のサークルさん達が肩を叩いて慰めてくれていた。


 「いろいろありがとうございましたー。今日はがんばってくださいねー。」


 結局山梨本人とは殆ど会話をしていない。

 途中から娘さんも写真に混ざったけど、なんか目がきらりんと光っていた気がする。

 あれは多分目覚めたな……


 始まる寸前に白米さんとみゅいみゅいさんが登場。

 今日は特に合わせの約束は出来なかったので……


 2人は東方合わせをしていた。


 そういやこないだえーりんえーりん歌ってたしな。


 「進修館の時よりメイク上手くなってますね。」

 白米さんに言われて気付いたが、どうやら向上しているらしい。


 「まぁ真理恵さんという鬼と、身近に友紀さんと妹もいますからね。上手くなる事はあっても下手になってたら怒られますよ。」


 「その発言は一緒に住んでます~と言ってるようなものですけどぉ?」

 みゅいみゅいさんの発言は中々にインパクトがあった。

 何気ない言葉の端でポロッと漏らしているようだ。


 「あ、あの。いつもというわけでは……」

 友紀さんが反論するが。



 「通い妻ってやつですかぁ。何にしても式には呼んで欲しいですねぇ。にゃははー」

 

 爆弾だけ投下して去って行った。



 「面白い人達だよねー」

 千奈が評価するが。

 「まぁね、付き合い長いしね。」




 始まって2時間は無事に過ぎていった。

 それなりに売れていたし、固定客でもいるのだろう。


 しつこくならない程度に会話をすると次に流れて行った。

 良いヲタクというのは、こういう時周りが見える人を言うと思ってる。

 話していたい気持ちは理解できるが、周囲のサークルや通路を邪魔してしまう。

 買って貰っている以上はサークル側は強く言えない。

 明らかに迷惑をかけていると判断した場合は別だけれど。



 そのため、友紀さんのところにくる人達は少し会話したら次に行ってしまう。

 まぁ他のサークルも廻らなければならないから、というのもあるかも知れないけど。


 「そういえばお兄ちゃんの事あまり聞かれないね。」


 「そんなもんだろ。ヲタだって人間なんだから彼氏彼女いるだろうし。既婚者だっている。単純にサークルメンバーという事もあるけど。その辺は聞かないってのが暗黙なんだよ。」


 「ふーん。結構律儀というかなんというか。」

 まぁお目当ての異性のレイヤーが旦那ですとか彼氏ですとか紹介されてショックを受けたくないというヲタク心もあるだろうけれど。


 「そろそろ2時間程スペース空けて良いかな。広場に行っておきたいし。」

 「あー、そんな時間か。天草家の2人にもよろしくね~」


 

 友紀さんの寄りたいサークルと自分の行きたいサークルを巡ってから広場へ向かう。

 本当にコスしている時は大丈夫なんだな……


 「そうでもないですよ。隣に真人さんがいるから平気なのです。いつもなら巡るだけで1時間使っちゃいますし。」

 なんとなく頼られてるのが嬉しく思うけど。

 「それで広場にって前回や去年って本当に俺、運が良かったんだね。」


 ちょっとした行動一つで出会えたり出会えなかったりするのだから、本当に運が良いと思っていた。



 やっぱり東から西の通路は人多い。

 一応真ん中で区切られて一方通行にはなっているけど。


 

 広場についた時にはスペースを出て40分は経過していた。


 「あ、遅い。早くても嫌われるけど遅すぎても嫌われるよ~」

 という微妙にセクハラじみたセリフを言ってきたのは真理恵さんだ。


 「真理恵さんは相変わらずですね。」


 そんな五木さんと真理恵さんはディエスイレでした。


 それから暫く写真を取り合っていると、写真良いですかーと人が集まる。


 そして気付くと14時半となっていた。


 「流石にスペースに戻らないといけませんね。」

 五木さんに促されて名残惜しみながらもコスプレ広場を後にした。


 「着替えてから戻りますか。」

 クロークに預けてあるので、着替えた後荷物を回収。

 友紀さんと待ち合わせ合流後スペースに向かう。


 天草家は別で戻るそうだった。


 「セミロングのウィッグも自然と合ってて良いですね。」


 「そうかな?メイク落とすと別人だからなぁ。」



 スペースに戻ると千奈が膨れていた。


 「もうおっそーい。お兄ちゃん、早くても遅くても嫌われちゃうぞー。」

 千奈よ、お前もか。


 「悪い。お詫びにポカリとポテロング買ってきた。」


 「ん。赦す。」

 現金な妹だった。


 「あ、そうそう。友紀さん目当てに変なのが来てたよ。思わず殴っちゃいそうだったけど、隣のサークルさんの人に止められたけど。」


 「殴るのはだめだろう。で、どんな?」


 会場で、ましてやスペースで暴力事件は良くない。

 それを理解していない千奈だから実際はガン飛ばすくらいだったのだろう。

 弁えている千奈にここまで嫌悪されるという事は余程酷いかしつこい客だったのだろう。


 「なんか友紀はどこだっ言えってしつこかった。ゆきりんさんが友紀さんだと言うのは身内か友人か私らだけじゃん?だからこれはおかしいと思って突っぱねてたんだよね。」


 「ガン飛ばしたら怯んではいたんだけど、それでも引き下がらないから両隣のサークルさんが間に入ってくれて、スタッフの人呼んだら逃げてった。」


 その言葉が耳に入ったのか友紀さんががくがくと震え出した。

 キャリーケースから手を離したためバタンと倒れてしまう。

 その前に友紀さんがふらっとなりそうだったので支えてあげる。


 「大丈夫だから。大丈夫。俺もいるし、戦闘民族千奈もいる。友紀さんは俺が守るから。」


 なんとか落ち着かせようとするが一向に震えが止まらない。

 近隣のサークルの人も心配で声をかけてくれる。

 千奈を止めてくれた事と事態を収拾してくれた事に礼を言い、大丈夫ですと答えた。


 「救護室に行く?」


 友紀さんはふるふると首を振った。

 夏だし、本当に倒れたり熱中症の人が使えなくなる事に遠慮しているのか友紀さんは否定した。


 「本当に無理そうなら言ってくださいよ。水が必要なら買ってきますし。女の子成分が必要なら抱き着いて構いませんから。」

 千奈が和ませようと声を掛ける。


 

 それから終了の拍手まで友紀さんは震えたままだった。

 顔色は悪く、端から見ると熱中症では?と見えてしまうだろう。


 片付けは俺と千奈で行った。

 「それではお先に失礼します。お大事に。」

 そう言ってお隣さんは先にあがっていった。


 暫くすると五木さんと真理恵さん、後輩である山梨一家がなぜか友紀さんのサークルのところに集まる。


 「ん、虫の知らせ。」

 真理恵さんはそう言うが。


 友紀さんが俺の耳元で囁いた。

 「奴を見た。チラリとだけど。それで気になって寄ったの。その様子だと……」


 今度は真志が真理恵さんの耳元で囁く。

 「恐らくその奴というのに直接顔を合わせたのは妹の千奈だよ。変なのが来たって言ったのを聞いてからずっとあの調子で。」


 「そう。まこPさん、いえ真人君。友紀さんのためなら盾にも拳にもなれる?」

 一応俺の方が年上なんだが……まぁ覚悟は良いか?ということかな。


 「どこまで出来るかわからないけど、友紀さんは俺が守るよ。さっき本人にもそう言った。」



 「先輩、何かヤバい時はすぐスタッフか警察ですよ。事情はわかりませんが、緊迫してるのはわかるんで。」


 「旦那の言うとおりですよ。この中では部外者のようですし、先に失礼しますね。本当は私が現役復帰しようかなという話をしたかったのですけど。」


 「またねー」


 手を振って山梨家を見送る。


 とりあえず帰るか。




 焦点の合わない友紀さんの手を引いて駐車場へと向かう。


 通常より時間がかかってしまうが誰も文句を言わない。


 初めましてな五木さんの妹の挨拶も片手間で済ませてしまう程に静まり返っていた。


 「とりあえず車までこれましたね。」


 「ウチラの車はあっちだからさ。今のうちにトイレ行っておく?」


 「そうだな。千奈は?」


 「実はやばかったかも。」


 真理恵さん達に友紀さんを任せ、越谷家兄妹でトイレに向かう。

 男女とも列にはなってないので然程時間もかからないだろう。



 用を足して手を洗うと見知らぬ男に声を掛けられた。



 「お前、友紀のなんなんだ?」

 振り返ると、別にそんなにヲタクヲタクした見た目ではないが、目がヤバそうだった。

 

 「今回のROMにぃ。お前らしき男がぁ載っててぇ。未来の旦那様とか書いてあったんだけどよぉ」

 「お前はァ一体なんなんだあぁあぁああああーーーー」

 

 いきなり殴りかかってきたので。


 俺は回れ右してすたこらさっさと逃げた。


 「逃げるんだよぉぉぉん」

 心の師匠はシーザー・ツェペリ。

 尊敬するはジョセフ・ジョースター


 そのジョセフはことある毎に「逃げて」いた。


 守るとは言ったが戦うとは言っていない。

 

 かっこ悪いと思った?

 そうじゃないんだ。


 奴は俺を追いかけてきている。


 友紀さんのいる車とは別の方向。

 コミケスタッフのいるであろう方向に向かって。


 そして大きな声で逃げると言ったのはトイレに残っているだろう千奈に声を聞かせるため。

 そうすれば俺の姿がなくても察してくれるはず。


 案の定数人のスタッフがいるのを確認する。


 俺はスタッフの眼に入るように逃げる。


 「待てコラァてめぇ。」


 でもその眼に止まったスタッフは……


 「あれ?」


 止まりなさいとか、走らないでくださいと言った後。

 何故か俺を拘束した。

 






――――――――――――――――――――――――――――――――――


 後書きです。


 夏コミ、さらっと流すつもりでしたが……


 冬に奴と決戦するために、夏に一度会わせました。


 それと友紀さんは一つ失敗しましたね。

 女の子同士でこれは俺の嫁とかいうネタをやる人はいますが。

 そのノリで書いてしまったのでしょうけども

 素でそれをやってしまいました。

 スペースに行けば友紀さんはいないわ千奈にガン飛ばされるわ。

 ROMを開けばこれは未来の旦那様だとか。


 まぁ奴の脳ははちきれそうでも仕方ない。

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