第14話 選択肢はあっても答えは既に決まっている。

 「……まだ、帰りたく……ない。」


 背中の裾を摘まんで俯いている友紀さん。


 えぇ、これはどういう事でしょう。真人は戸惑った。


 真人の目の前に選択肢が出た気がする。ほら、こんな風に。


 1、まだ何処かに行きたい。


 2、よくわからんうちにフラグが立っててそれが回収されてきゅんきゅんきてしまっている。


 3、自分達はヲタクだ。ヲタが埼玉の北東部在住で大晦日って事は鷲宮神社一択だろ。


 4、か、勘違いしないでよね。以下略。




  「………ですっ」


 小さくて聞き取れなかった。ちょうど救急車がサイレンを鳴らして走っていたというのもある。


 「……に行きたいです。」


 サイレンに負けてまた聞き取れなかった。


 俺は振り返った。


 「鷲宮神社に行きたいです。もってけセ……」


 3だった。しかも何か言いかけてやめたぞ?


 友紀さんの頬は赤いが何かやる気に満ちた目をしていた。


 「……実は行った事がないのです。ニュース記事やネットを見る限り毎年人が多いですし。ちなみに私は踊れます。」


 某タイトルが流行ってから鷲宮神社といえばすごい参拝者の量になっていた。最初は凄い人の量で商工会も大変だったとか。


 今では絵馬とか間違っちゃった方向に頑張ってるし、神輿も出来たり熱量は半端ないくらいである。


 「俺は一度しか行った事ないけど、確かに人は多いかな。地元の人に聞いたらそれまではこんなに多くなかったと言ってたし。」


 一部からはヲタクは来るなとか、ヲタどもが埼玉を荒らしにきやがってとかいう意見も耳にしている。


 しかし騒いだりごみ散らかしたりはヲタに限った事ではない、それはそもそも個人の人間性の問題であり、ヲタクかどうかは関係ない。


 参拝するまでの時間がかかるとか言っても、東京を始め有名所は列は長い、それに比べれば然程気にならないはずである。


 真人の返事は、

 「良いですけど、結構早く着いちゃいますよ。」


 現在時刻は21時半。寄り道せず行けば22時半前には到着している。


 「あ、どこかで年越し蕎麦を食べて23時半くらいから並べばちょうど良いかも?」


 駅前の蕎麦屋もこういう時は開いてるだろう。


 「そうですね。その方が年越しという感じがします。」



☆☆☆

 

 車に乗って走り出す。


 大晦日だというのに車の流れは普段と然程変わらない。


 「普段年越しや新年ってどうしてますか?」


 友紀さんが尋ねてきた。


 「…ゲームしたりテレビ見たりしてたまに合わせてカウントダウンかな。年明けは実業団駅伝・箱根駅伝往復と、高校サッカーと高校ラグビーを見てるくらいですかね。」

 決して健康的ではないが、年末年始にしかやっていない番組や競技はやはり年末年始に見るしかない。



 「そうなんですね、私も駅伝見てお雑煮食べて…自堕落な生活をしてます。後はコミケ後のクールダウン。」


 ヲタは年末に力を入れるため新年早々は充電切れなのだ。

 テレビで見てる事が分かったのだからここでスポーツは何かやられてるんですか?と繋げられない事が非常に残念な二人。

 お雑煮は手作りですか?とか、お節料理は?とか、羽根つきとかカバディとか広げられるのに……


 



 「正直大晦日に神社なんて中々いかないからね。某タイトルの影響もあるけど一回くらい行ってみようってノリで一度鷲宮行ったけど、人が多くてささっとお参りして帰っちゃったし。」


 しばらく話をしていると助手席からの声がない事に気付いた。

 信号待ちで停止している時にふっと見ると小さな寝息を立てて友紀さんは眠っていた。


 「まぁ、朝早かっただろうしな。」


 真人は普段一人のためこれだけ会話をしたのは久しぶりであり、仕事以外で最近はこんなに喋った事なかったのではないかと思ってる。


 友紀の寝顔を写真に撮りたい衝動に駆られながらも、運転に集中することにした。



☆☆☆



 鷲宮駅傍の蕎麦屋の駐車場に車を止める。決して洒落ではない。傍の蕎麦……


 サイドギアを入れて横を見ると友紀さんはまだ寝ていた。


 「いたずらしちゃだめだいたずらしちゃだめだいたずらしちゃだめだ、髭書いたらだめだ。眉毛両さんにしちゃだめだ。」 


 もちろん聞こえない程度の声で囁いている。


 真人も少し横になる事にした。ずっと動いていたし朝は早かったため、疲れていないわけがない。

 座席を少し後ろに倒し背をもたれる。目の所にハンカチを置いて光を遮断する。


 どのくらい経っただろう。多分そんなに経っていない。


 もぞもぞと動く気配を感じた。


 「んっ…んぁっ……」


 隣の友紀から悩ましいのか恐怖なのかわからない声が聞こえてくる。


 それが体感ではあるが数分続いたのがわかる。


 寝てる場合じゃなかろう。聞き耳を立てた。


 



 「……いやっ」


 これは悪夢でも見ているのだろうか。


 真人はぱっと目に乗せていたハンカチを退けて左へ首を傾けると……


 


 額に汗を掻き、苦しそうに夢にうなされている友紀の姿があった……



―――――――――――――――――――――――― 



変なところで切りました。


次は蕎麦食べて参拝の列にツッコミま……並びます。


そこは普通に大晦日からの新年です。


多分地元チンピラとバトルもありません。


幸手から櫻會がぶんぶんバイク飛ばしてきたりもしません。


埼玉千葉茨城の三角地帯を走る族もいません。


でも予定は未定であって決定ではありません。

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