白い闇・緑の雷 ~鬼さんこちら弐~

シンカー・ワン

前話 足音

 

 近代でも例をみないほどの大寒波が襲来。

 あまり積もらないといわれる沿岸や平野、都市部も雪の被害を受けた。

 積雪による停電、交通機関の停止。

 都市機能は麻痺し、人々の生活にも多大な影響を及ぼした。


 沈黙した深夜の街中を、ひとりの男が歩いていた。

 おそらくは帰宅難民と呼ばれる類だろう。


 いまだ深々と降る雪の中を男は黙々と歩いていく。

 復旧した電力で灯る街灯に照らされた積雪に浮かぶ男の足跡。


 人気のない、深夜の住宅街の路地を男は進む。

 遠くから、救急車両のサイレン音が聞こえる。


 身近な音は男の呼吸音と雪を踏みしめる音だけ。

 ハァハッ。ギュッ、グッ。ハァハッ。ギュッ、グッ。


 単調だが繰り返されるリズム。

 それは、男が歩みを進める手助けになっていた。


 どれくらい進んだか? どれほどの時間が過ぎたか?

 雪中の行進は男の気力体力、そして思考力を奪っていく。


 鈍りだした感覚の中、男の耳に聞こえる音が。


 ギュッ、グッ。ギュッ、グッ。

 後ろから聞こえてくる、雪を踏みしめる音。


 自分と同じような帰宅難民か、それとも近辺の住人か。

 なんだろうと構わない。

 長時間の孤独から、誰かと言葉が交わしたかった。


 声をかけようと男が振り向く。


 誰もいなかった。


 ギュッ、グッ。ギュッ、グッ。

 雪を踏みしめる音は止まらない。


 街灯に照らされた空間へと足音が近づく。


 ギュッ、グッ。

 音はすれど、何も現れない。


 ギュッ、グッ。

 足音はますます近づいてくる。


 恐怖で立ち尽くす男。

 荒い呼吸音が響く。


 ギュッ、グッ。

 足音が男のすぐ手前までやって来た。

 何もいない。


 ギュッ、グッ。

 ガチガチと男の歯が鳴る。


 ギュッ、グッ。

 足音が男の傍らを通り過ぎていく。


 そして聞こえなくなった。


 男は、脱力して深く息を吐きだす。 

 疲れから来た幻聴だ。

 きっとそうだと思うようにして気を取り直す。


 家までもう少しのはず。

 再び歩き出そうと、振り返る男。


 生臭さを伴った暖かい空気が顔を打った。

 目の前に見えるのは、ぬめった肉色をした穴。


 白く積もった雪の道が赤く染まった。


 血だまりを残して、男の足跡は途絶える。


 それから男の行方は知れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る