無能勇者。―召喚された異世界で復讐を―
みゅ
プロローグ 勇者伝説
疲れきった体で、それでもなお、俺は立ち上がる。体に何度も何度も激しい痛みが迸るせいか、とても熱い。汗はだらだら、血はドロドロと流れている。
ついに、勇者である俺は真の敵の魔王と対面する。その魔王と戦い、今まさに最終局面に入ろうとしていた。
「勇者よ。その程度なのかな?」
魔王は冷徹な笑みを浮かべ、勝利の形相をする。まるで、目の前にいる勇者の俺を相手にして、まだ余裕であるというように。
「はぁ……はぁ……。そんなに、余裕なのか?俺と戦って……」
疲れきっているため、口調が途切れ途切れになってしまう。魔王との数時間の激しい戦闘を繰り広げた反動だ。
魔王はありとあらゆる者を壊し尽くすという能力を持つのに対し、勇者である俺の持つ能力は、ありとあらゆる神聖魔法を扱え、さらには自強化も使える。
そしてなにより素晴らしいのが、勇者専用攻撃スキル――
剣を上にあげ、そのあとに垂直に振り下ろす。すると、剣の先から地面を割るような思い地響きが起きて衝撃波が走ったあとのような地形にする、人類最強のスキル。
「天剛裂破か。そのスキルはなかなかのものだったが――。やはり、我には適わないようだったな」
マントをたなびかせ、余裕こいてる魔王に対し、イケメン色白美肌の男勇者は、ふんっと鼻を鳴らして対応する。
「貴様はまだ、なにもわかっちゃいない。俺の、真の恐ろしさをな――グハッ!?」
最後、魔王による槍の一撃が腹を抉った。傷口からは、またもやドバドバ血が垂れ流れる。
「もう限界のくせに。なにを言うかと思えば、まだ戦える?フハハハ。笑わせてくれるわ」
魔王は次は、魔法を唱えた。いや、魔王からすればそれは魔術なのだが。
魔術は、どうやら爆破系のものらしく、俺の足元に魔法陣が出現した。
「さらばだ勇者よ。存分に戦えて、嬉しかったぞ」
(嘘つけ……。傷、全然与えられなかったぞ……)
そして、爆破系の魔術を受けた瀕死状態の勇者は、力尽きた――。
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「これが、勇者伝説と呼ばれている物語よ」
そう語り終えた目の前にいる、本を開いて俺に読み聞かせをしてくれた女性はミール・アルデンという。
ミール・アルデンは、俺がこの世界に来てからはじめて出会ったちゃんとした人間。はじめて。というのは、出会って来た者たちはみんな曲者揃いだったから。
例えば、謎の変な装備のようなものをした暗殺者。槍をペン回しをするが如く、軽々と指で回す変な人、などだ。
ちなみに、俺は元々日本という国に居た。それがなぜか、突然現れた魔法陣によってこの世界――。ブリュンヒルデに召喚されたという訳だ。
今いるところは、ブリュンヒルデの中で一番デカい都市。つまり、王都。世界観は良くある異世界ファンタジーのような中世っぽさが漂う風景。
街並みも、木で作っているのではなく、なぜか石のようなものが多かった。やっぱり、文明はあまり進んでいないようだ。
「なにボーッとしているのかしら?この私が、読み聞かせをさせてあげているというのに」
そうやって勇者に対し、いつも上から目線で話かけてくる。そこが一番苦手なのだが、今の俺には唯一必要な、癒し的存在である彼女には、抵抗することはできなかった。
「す、すまない。つい、癖で。ああ、話は聞いていたから、大丈夫だ。伝説と言う割には、活躍していないじゃないか」
正論を言う俺にムスッと来たのか頬を膨らませる彼女、ミール。好きな物語の文句を言われるのが、彼女にとって一番嫌なことだというのを、俺は忘れていた、
「おい、そんな怒るなって。読み聞かせてくれて、ありがとうよ」
俺はそそくさと部屋を出る。全く……と、ミールはため息をついた。なぜ俺はそそくさと出たかというと、この怒ったような表情をしたあとのミールは、とてもめんどうで……。
嫌々言ってもしつこく「今夜は寝かせない」などと言った大人の言葉を使っては俺を遊び相手にしてくるからだ。
「ま、それはそれで、彼女の良いところでもあるんだよな」
一人事を呟きながら、扉を閉めてとりあえず、自室へ戻る。監視に見つかったりしたら不味いし。
俺が、なぜこんな隠居生活を送らねばならなくなったのか――。それは、憎きアイツらのせいだと、今もまだ、恨んでいる……。
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勇者に読み聞かせを終えたミール・アルデンは、ベッドに後ろから倒れる。とてもお疲れのようだ。
(なんで、あんな無能勇者なんかに読み聞かせを……)
この日常がはじまったのは、勇者が召喚されてから間もないころだった。王の側近というか、娘として玉座の隣に立っていた私は、ある視線を捉えたのだった。
その視線とは、勇者のうちの一人―。
守は、ステータス・プレートを国王に見せることをしていなかった。どういう訳か、国王による召喚された四名の勇者への説明が終わったあと、二人になって聞いてみた。
『あなた、私に向かって妙な視線を送っていたわよね?そのぐらい、わかるのだけれど。なんで、私に視線を?それから、ステータス・プレートのことも』
すると、図星だわと勇者が言いそうな表情をする。図星だったらしい勇者は、自分のことを見られたことについ、情けを感じてしまったらしい。
『このことは、忘れてくれ。良いか?ステータス・プレートを見せる……ということはだな――』
それからというもの、私は説教ついでにこの世界についてのことを記されている本を見せられ、読めないから読んで欲しいと言われた。
たしか、勇者伝説によれば勇者には言語理解というスキルがあったはずと、思ったミールだったが、ステータス・プレートを見せていなかったからか、言語理解を持っていなかったと推測した。
それが、今の日常のはじまりだった。私はというと、変に無能勇者とは関わりを持ちたくはなかった。国王の娘、というのもあるけど、実際には周りに見つかってあーだこーだ言われるのが嫌だったからだ。
(そういえば、明日、勇者一行は初の遠征だっけ……)
どこか、虚しさを感じたミールは早く寝ることにした。
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