第31話 呪いの正体
俺はお目当の鏡を片手にして、あの暑苦しいダンジョンから和気藹々と与太話をしながら帰った。
と、本来はなるはずだったが、俺がおまけに呪いを貰ってきたせいで、帰り道はお通夜の様な雰囲気だったので、いつもは場の空気を悪くする俺だが、今回は機転を利かせて2人を煽てる。
「あれだなゼスティって別嬪だし、フィーエルって結構可愛いよな〜!俺は2人といれて幸せ者だな〜!」
俺が左右に展開している2人の肩をポンと叩いて言う。
普段ならゼスティが『何言っているんだ!?』とかをあたふたしながら言い、フィーエルが『気づくのが遅いですよ!』とかそんな事を言ってくるのだが、今は2人共首肯をするだけでうんともすんとも言わなく、変に滑った空気になってしまい俺は『ごめん』と小声で謝り、再び沈黙が訪れる。
「あれだよな、この鏡が本物か占い師に確認してもらいにいかなきゃだよな」
例により2人は静かに首肯するだけなので、俺は返事を待たずに占い師が先程までいた場所に足を進める。
会話をしていないせいで、いつも以上に雑音が耳に入り、周りの視線が俺達、いや俺に集まる。
2人に注意を惹かれているのもあると思うが、中々上玉の女の子を連れた男がどんなイケメンなのか、そのご尊顔を見てみたいのだろう。
『あの人――よね』
『まったく――ですね』
『ほんとあり得ない』
年配の女性の横を通り過ぎる時に声が耳に入った。俺の顔立ちについて評価しているのであろうが、肝心の『やだイケメン!』という言葉が聞こえてこないので、俺は歩く速度を上げ、異様にジロジロ見てくる人が多い場所を抜ける。
足取りを進めていると、ふと足元に違和感を感じたが、時すでに遅し。俺はバランスを崩して丁度真横にあった色とりどりの花が生い茂った花壇に体ごと突っ込んだ。
体が地面に触れる衝撃を覚悟していたが、当然だが地面が土なので痛みは感じなかったし、俺が収まったのは花が無い地帯だったので不幸中の幸いとでも言うのだろうか。
「大丈夫ですか?」
俺が転倒したのを見て、遠くの花達に水を与えていた男が駆け寄ってきたので『すみません!』と両手で地面を弾いて立ち上がると、特に咎められる事もなく、2人の元は向かおうとするが。
「花が私の花達が!どうしてこんなことに……」
背後から男の嘆きの声が聞こえたので、何が起きたのか振り返ってみると、先程まで力強く咲き誇っていた花達が茶色く萎れており、時折吹きつける弱風にも耐えられずに宙へと舞っているのが見えた。
労いの言葉をかけようと思ったが、男は地面に膝を着いて悲しみ嘆いていたので、あえてそっとしておく。あえてね。
と、今俺の目の前で発生した正真正銘の不可思議現象について、普通は推理する所だが、大体検討がついてしまう。まあ、呪いと言う他無いだろうな。
足早に2人の元へ戻ろうと踵を返すと、何かの会話をしているのか、フィーエルがゼスティに耳打ちをする。そして言い終え離れると、2人は途端に顔を覆って震えだしてしまった。
助かる見込みゼロとかそんな話だろうが、自分の道を切り開くのはいつも自分自身だ、俺は未来を手に入れるッ!と、頭に思い浮かべるのは簡単だが、その方法が全く思いつかないのである!
そんな調子で占い師の所へ戻ってみるが、そこには誰も居なく、違う所に場所を移しているのかと思い、辺りを見渡してみるが見当たらない。
「一旦帰ってまた出直すか」
街の中をくまなく探すのは酷なので、ダンジョンで疲弊した体を休める為に店へと帰る事を提案すると、2人が高速で首肯した。
人通りが多い通りを進んでいると、不快に思ってしまう程に、周りの喧騒が激しくなっていくのを感じる。
人混みを抜け、店が見えてきた時『君、ちょっといいかな?』と軽い感じで肩をポンと叩かれたので、どんなチャラ男なのか振り返ってみた。そこには予想とは真逆に位置するであろう、剣を携えた屈強な騎士がいた。
2人は即に蚊帳の外で俺がどの様な行動をするのか、街の人達と眺めていたので、一応目で助けを求めてみるが、そうすると何故か俺に背中を向けてしまった。
そんな事を考えている内に、俺は複数の騎士に取り囲まれてあり、その異様な状況に戸惑いを浮かべながら『どうされました?』と棘の無い返答をする。
「ご同行願います」
俺何も悪いことしてないと思うのだが……。
「俺何かやっちゃいました?」
「その風体に問題があります」
風体って、俺の服装は極めて標準的な筈だが……。
自分の服装を確認してみるが、おかしい所は何処もない。
「鏡ってないですかね?」
そう言うと、その中の1人が普通の鏡を俺に手渡してきたので、それに俺の体を写してみると。
「なんだこりゃャャャャヤ!!」
俺は写った自分の姿に叫びを上げた。何故なら。
「なんで俺メイド服的なやつ着てんの!?」
鏡に写って俺が、可愛らしいメイド服にドレスアップしていたからだ。
「でも自分から見たら、格好は至って一般的な感じなんですけど……」
「言い訳は聞かん!」
そう言われると、鏡を片手に俺は呆気なく拘束されてしまい、連行される所だったが、そこになんとも逞しい声が聞こえた。
「それが君に掛けられた呪い、詳しく言えば誤認識の呪いだね」
音源は背後、2人がいた場所に近い。
俺は辛うじて首だけを後ろに向けると、そこには騎士団長エルダーと例の女性兵士がいた。
相変わらず、女性がエルダーの腕にくっついているので、ずっと一緒にいられるだけの権力を持った結構偉い人だったのかと考えてしまう。
自分達の上司である騎士団長が来た為に、俺を拘束していた騎士達が一斉に敬礼をし、必然的に俺の体は自由になる。
エルダーが目の前まで来ると、俺の頭に手をポンと置き、髪の毛を強引に撫でる。
「な、何するんですかッ!」
今ので俺の貴重な資産である毛根が多数死滅してしまっただろうが、若ハゲは出世するらしいから許す!いや、やっぱり許さん!
「ほうれん草が乗っかっていたものでね」
「いや、和えないで下さいよ」
「冗談だよ冗談、虫が止まっていたんだよ」
「そっちの方が嫌だ!」
「ま、それも冗談で、今ので呪いを解いたんだ」
そう言われて片手に持った鏡を覗いてみると、そこにはいつもの俺がいた。
「ほら、君達も今日の所は見逃してあげてくれないか」
団長の言葉には逆えず、騎士達はそれぞれ街へ散っていき、最後にエルダーも女性の元へ戻る。
「色々と助けて頂いてありがとうございました!」
俺は謝恩の言葉と共に体を折り、しばらくして体勢を戻すが、そこにはエルダーの姿はなかった。
そして俺は呪いが解けた体で2人の元へ向かうが、今なら分かる。あの背中の意味が、何故俺を見ようなかったのか。
未だに俯く2人の前に来ると、俺は口を開いた。
「許さんぞお前ら!」
そう言うと、悲しみではなく笑いを堪える為に震え、俺の不安を煽らない為にではなく、メイド姿を目に入れない為に俯いていた奴らが顔を起こした。
「だってだって、面白いんだもん!」
フィーエルはですます口調を忘れ、笑い泣きで赤くなった目蓋を俺に向ける。
「まさか、蒼河のメイド服姿が強烈過ぎて花が枯れてしまうとは思わなかったぞ」
あっ、はい、それは本当に申し訳なく思っています。
「そんな訳で、お前ら晩飯抜きだ!」
と、高らかに宣言するが。
「基本的に料理は私がしているんだが」
「そうだった……じゃあ、洗濯は自分でやれ!」
「洗濯当番は私ですよ?」
「じゃあじゃあ、なんだろう……接客は!……ってゼスティだもんな、俺って何もしてなくね?」
「自分で言っていたじゃないですか、穀潰しだって」
半ば冗談で言ったつもりだったのだが、本当にそうだったとは思いもしなかった。
「帰るか」
そう言うと、今度は俺が悲しみに包まれながら家路に着いたのであった。
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