第8話 偽貨幣工場へようこそ!

おい、起きろ貴様ら!」


 牢獄の檻をガンガンと叩く音が響き、目を開けると、牢の外に朧げに看守の姿が浮かび上がっていた。


 壁に申し訳程度の小さい松明がつけられてあったが、光が非常に弱く、牢の一部しか照らされていなかったが、目が慣れたお陰か、全体増は確認出来る。


「ん?どうした?飯か?」


 飄々としたジルの声が暗闇の中から聞こえると、暗闇の中に食べ物のいい匂いが充満する。


「飯だ食え」


 牢の隙間からトレーが渡されたので、見てみると、トレーの上には3つの器が乗せられており、その中にドス黒くドロドロとしたシチューの様なものが入っていた。


「お、結構うまいじゃねーか」


「牢のご飯だからと言って不味くは無いんだな〜」


 2人の意外にも肯定的な意見が耳に入り、俺は牢の飯に少しばかりの期待をしながらそれを口に運ぶ。


「ん?割とうまいな」


 牛乳特有のコクがあり、舌の上でホクホクのジャガイモが踊る。


 そうしてあっという間に完食すると、空の器を3つ重ねてトレーに置いて看守に返却すると、それを持ちスタスタと扉の向こうへ出ていってしまった。


『おい、あいつら俺の料理になんていってた?』


『美味だと言っていました』


 扉の向こうから、グレフと看守が会話しているのが聞こえる。


『そ、そうか、いや、あんな奴らに言われても嬉しくないけどな!』


 グレフの嬉しそうな声が扉の向こうから聞こえる。


『でも、料理に毒を仕込まなく良かったんですか?』


『馬鹿野郎!料理には何の罪も無い、悪いのはあいつらだ、悪いのは偽貨幣を作った俺達かワハハハハ!」


『ハハハアハハ』


『おい、なに笑ってんだ、早く持ち場に戻れ』


『あ、はい』


 束の間の会話が終わり、また静寂が訪れる。


 あいつらの会話に意識を奪われかけたが、それよりもっと重要な事がある。


 俺より扉に近い位置に座っているジルが、今の会話に対して無反応なのである。


 寝ている訳でも、ましてや死んでいる訳でも無く、きちんと意識はあって、岩の天井をぼけっと見つめている。


 これって俺の隠密が高いから、静かな空間では誰よりも五感が鋭くなるとかそんなおまけ効果的な奴なのか?


「なあ、ゼスティ俺の顔がクッキリと見えるか?」


 俺は試しにゼスティへそんな事を問いかける。


「いや目が慣れても、真っ暗過ぎて何もみえないぞ」


 ちなみに俺から見ると、クッキリといわない物の、輪郭から表情くらいまでなら分かる。


「そういえば蒼河、お前アビリティ使ったのか?」


 ジルが天井を見つめながら俺に問いかける。


「どうやって使うんだ?」


「本能的に危惧を感じた時とだな」


 本能が危機感を覚えるって事は命の危険に晒された時か、一発逆転の必殺みたいで憧れるが、俺の奴は不可視になるだけでなので、あんまり期待し過ぎると痛み目に遭いそうだ。


「それじゃあ俺は、それが発動しない状況が続いてくれる事を祈るだけだよ」


「そうだな、それが一番だな」




 寒い、そう感じて渋々目を開けると夜が更けており、どこからか風が流れ込んでいた。


 壁に設置された松明は自然には消えていたが、今は朝なのでそれが無くても周りを鮮明に確認出来る。


「起きたか、蒼河は随分と眠りが深いな」


「お爺ちゃんに怒られる、まずいぞこれは!」


 ゼスティの着ていた白いドレスは、この薄汚い牢獄に入れられたせいで、土の汚れが付き、それが非常に目立つ様になっていた。


「大丈夫だ、俺も一緒にレイグさんに事情を話すから」


「ほんとか?」


「ああ、別に責められはしないだろ」


 そうすると『ありがとな!』と笑顔でゼスティに言われる。


 ガチャと、扉が開く音がすると、扉なら漏れる光と共に看守が入ってくる。


「貴様らにいい報告だ、グレフ様の工場で労働する事が許されたので、直ちにを出発する」


 牢の中へ入ってきて紐で俺達三人の手首を拘束し、牢の外にあるレバーを倒すと、牢を出て横にある場所に隠し通路が現れる。


「歩け」


 看守、ゼスティ、俺、ジルの順番で通路の中を進んでいく。


 中の様子はテレビで見た脱獄に使うような究極に狭い通路で、湿っていて空気も薄く、あまり完成度の高い物では無かった。


 看守がいる前で話をする訳にはいかないので、三人共黙って通路をひたすらに進んでいたが、余りにも通路が長いので、ゼスティが弱音というか文句を看守に言う。


「偽貨幣作るよりもっとこっちにお金使えないのか」


 そう言うと、割と的を射ていたのか先頭を進む看守の速度が遅くなる。


「あとお前お風呂に入れ、狭い場所に来てから分かったが、結構臭うぞ」  


 そんな事を言われると、看守の進む速度が何段階も早くなり、ハゲた頭を天井にぶつけながらひたすらに進んでいく。


 看守でもあるが、それ以前に男でもある。面と向かって女にあれを言われるのは辛いだろう。


「やめろゼスティ、男は飛び交う会話の1言でも、些細な事でも傷つくんだ」


「そ、そうなのか!?すまないハゲ散らかした看守」


「お前わざとやってるよね?」


 遠くに離れた看守に、大声であえてそんな事を言う。精神を揺さぶる為に行っているのか、今の状況を理解していない愚か者なのか、絶対後者だが。




 狭い通路を抜けて、そのままレンガ造りの建物内に出ると、途端に体中へ火傷しそうな程の熱気が襲いかかってくる。


「貴様らは今日からここで死ぬまでここで働くんだ、やることは簡単、溶けた金属を型に入れるだけだ」


 何人もの死んだ魚の様な作業員が、鋳造の作業をしている。


「なあジル、焼印みたいなのって押されんのかな?」


 強制労働と言われれば、切っても切り離せないのがやはり焼印だろう、激しい熱気を放つ鉄器を体に押しつけ、鼻腔に届く焼けた皮膚臭い、あんなのを受けると思うと気が狂う。


「焼印?なんだそれ?聞いたことねーな」


 ジルは首を傾げて冷静に返答してくる。


「焼印ってあれだろ体に模様をつけるやつだろ、昔お爺ちゃんとお風呂に入った時背中にあったぞ」


 今サラッとレイグさんの背中に焼印があるという重要そうな情報を言われたが、普通は俺が強敵と戦っている時に、助っ人ととして現れたレイグさんの服が風に煽られ、それが偶然にも見えてしまい初めて発覚する物だと思っていたが、どうやら違かったようだ。


「貴様ら聞いているのか!簡単な作業だ早速取り掛かれ」


 そう言われると俺達はすぐさまに、開いていた奥のスペースに移動すると、ゼスティが先に作業をしていた死んだ目の男達にジロリと見られ、ジルが尖がった視線を浴びせられる。


 窓などは無く、たった一つ設置された扉の前には、槍を持った看守が待機しているので、脱出しようにも出来ないだろう。


「とりあえず偽の貨幣を作っている工場の場所を知れたのはよかった、これで根本からぶっ潰せるぜ」


 俺にしか聞こえない声量で物騒な事を口走るジル。


「んで、具体的に何をするんだ?」


 こっそりとジルに耳打ちをすると、俺の瞳を見つめながら言う。


「お前の隠密を使うんだよ、さっきから看守がお前にだけ目配りをしてなかったんだ、無意識に警戒してるから影が薄くなっているのかもしれない」


 確かに工場に到着した時、ゼスティは舐め回すような目で見られ、ジルは睨まれていたのに、俺には何も反応をしなかったな。


「ジルは俺の事見えてんだろ?それはどう言う事だよ」


「蒼河が俺の事を味方だと思ってるからだな、今の所お前を認識出来るのは俺とゼスティだけだ、それで本題だが、工場の奥にある魔力源を壊して来てくれ、そうしたら俺がこの工場を制圧する、頼めるか?」


「分かったよ、俺にしか出来ない事なら尚更な」


「じゃあ早く行け、あの扉の奥にあるはずだ、頼むぞ」


 ジルに背中を押されて、槍を持った看守が見張っている扉へと足を進める。


 途中でもう一人の看守とすれ違うが、俺には一瞥もせずに

通り過ぎる。


 あの先か、ほんと俺の姿って見えてないんだろうな、近づいていく事に不安が大きくなる。


 出来るだけ息を止め、そして横を通り過ぎて奥へ繋がる扉を開けると……。

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