第2話 天然な天使さん?
「久瀬さん!久瀬蒼河さん!蒼河さん!!」
俺の名前を呼んでいる声が耳に届き、少しずつ意識が覚醒する。
目を開けると、白い羽衣を着た長い白髪の少女が俺の顔を覗き込んでいた。
「あ、おはようございます!蒼さん!」
少女が俺の名前を呼ぶと、ニコッと太陽の様に明るい笑みを浮かべる。
「ど、どうも」
俺が返事をすると、少女がスキップをしながら俺との距離を空ける。
辺りを見渡すが、光源が無く全くの暗闇なのに、相手の姿がくっきり見えるので、熱が出ている時に見る夢の様に不思議な感じだった。
「えっと、君は?」
少女の背中に向かって言うと、足を止める。
「へ?私ですか?神様の使いの天使です!」
少女はくるっと俺の方へ踵を返すと、それに合わせて長い白髪が揺れ、どこからともなく現れた透明な椅子に腰を下ろして言う。
天使。そう言われて再び少女の姿を見ると、確かに頭の所に輪っかが浮いており、しまいには背中に白翼が生えているのが見えたので、逆に人間が想像した物に寄せていっている感が否めない。
「俺は、えっと、あの後どうなったんだ?」
自分より年下であろう少女が相手なので、堅い言葉を崩して言うが、天使に年齢という概念は存在するのか否か。
「残念ながら、貴方は亡くなりました」
慈愛の涙も何も流さずに言ったが、それもそうだろう。天使さんと俺は赤の他人なのだから、泣けと言われた方が難しい。
その代わりと言っては難だが、天使さんは闇のある笑顔を顔に浮かべ、下手に濁さないで真実だけを告げてきた。それだけは評価できる。
と、目の前にいる天使様に向かって、自分の立場を弁えない事を考えていると。
「背中をグサッといかれて、そのまま死んじゃいました。夜道は気を付けましょう!ってもう遅いですけどね」
突如、聞いてもいない死因について話し出す。
「ま、そうだな、俺の注意不足もあったとはおもうけど」
「普段家から出ないのに、はぁーなんでこの日だけ……」
何この子!?見た目に反して怖い!土日ならまだしも、その日学校あったし!仕方無いだろ!
「そ、それでここは死後の世界ってことだよな?」
俺は心に渦巻く感情を制し、天使さんに向かい切り出す。
「ご名答!それなら話が早いです。貴方はこれから二つの選択肢を選ばなければなりません。後から変更をする事は出来ませんのでくれぐれもご慎重に!」
少女が人差し指をピッと立て、俺の目の前にかざす動作をし、俺に注意を促してくる。
「では一つ目は、地球に転生をし、新たなる生を授かるか。あっ、聞かれる前に話しておきますが、多分蒼河さんは普通の人間に転生しますよ。なんせ前世で目立った功績も悪行も成し遂げていない平凡な感じなので」
言い方は少々じゃなくて、大分傷つくが、本当にその通りなので、言い返せない。せめて悪い事をしていない事を誇るべきだろうと、そう思っていると、天使さんが怪訝な表情で手元にあった資料を読み上げる。
「中学生の時、好きな子が埋めたタイムカプセルを、翌日秘密裏に掘り返して自宅に持ち帰るとそれで―――」
天使さんはそれを読むの途中で破棄した。内容が内容だった事もあるだろう。その資料をぐしゃぐしゃの紙切れにすると、俯いている為に見えない口で言った。
「マイナス500減点で来世はタスマニアデビルです」
絶妙に嫌じゃ無い所を突いてくるとは!そこはもっとゴキブリとかじゃないの!
「コホン!……そして二つ目、異なる世界に転移して生を新たなる授かるか。ちなみに後者の場合、諸事情により現在の記憶は継続されます」
タスマニアデビルになるのも悪くは無いのだが、即に答えの天秤は1つの向きに傾いていた。
「そんなの答えは一つだ、異世界へ連れてってくれ」
また地球に転生をして同じ様な日々を過ごすのはもう懲り懲りだ、新たなる生物になったら色々と発見もあるだろうが、俺はそれなら多少の危険を被ってでも、未知の世界へ行って刺激を貰いたい。と、そんな深みの無い理由だ。
「あらら、即答ですか。変な葛藤とかは無いんですね。私が過去に送った方々は、突然過去の回想を1人でに話し始めたんですけど、蒼河さんは現代社会がそんなに嫌なんですか?ろくな思い出が無いとか?」
失礼だが、あながち間違ってはいない。そしてこの後は、いよいよ恒例のチート能力授与だな、俺にどんな力が宿るのか胸が躍る。
「じゃあ早速転移を行いますね〜」
俺の足元に白い魔法陣が浮かび上がる。
「お、おいまて!あれは?チート能力は?」
「チートですか、昔までは宝具や神器を配っていたんですけど、品切れになってしまったので。でもその代わりに記憶の継続があるじゃないですか!」
「え、それが特典?これって普通じゃないの?」
「普通な訳ないじゃないですか!単純に考えてみて下さいよ、別の世界の記憶を持った人が転移したらどんな悪行を行うか分からないじゃないですか。例えば地球で使われていた技術を異世界に持ち込んだりとか、そうすると他の世界との差別化が出来なくなってしまうんです。結果、宇宙もろとも消滅……」
必死に記憶をもって異世界へ行くことの恐ろしさを叩き込まれたが、そもそも俺がチートについて言及しなければ、この事についても話さなかっただろう、もしかすると俺の事をある意味信頼しているのかもしれないな。うんうん。
「でも、逆に言えばさ、俺が悪い奴に見えないって事だろ?」
「いえいえ、行動力がなさそうだから、大丈夫だと思ったんです」
よし!異世界に着いたら日本の色々な知識を使って楽に暮らそう!!
「異世界に転移させる時は原則として何か特典が必要なんですが、その中でも記憶の継続した状態での転移は違法なんです。もっともあなたがまた地球に転生してくれれば私がこんなリスクを背負う必要はなかったんですけどねぇ〜タスマニアデビル……」
少女が長い髪を指でクルクルと回しながら、皮肉めいた口調で言う。
「それでどんな場所に俺は飛ばされるんだ?」
「全く、質問が多いですねぇ〜」
最初に会った時の可愛らしい一面はもう無く、どことなくおっさんの片鱗がちらついていたが、文句を言いつつも椅子の手すりに置いてある本のページをめくっている所をみると、根は真面目なんだろうと思えてくる。
しばらくすると、少女は顔に疑問を浮かべながら、本を片手に俺へと近づいてくる。
「あのあの!ここの漢字ってなんて読むんです?全く漫画に難しい漢字を使うとは頭いいアピールですかねほんと」
少女は漫画のページを俺の目の前に持ってくると、期待の眼差しで俺を見ていた。
「ああ、これはな"ともだち"って読むんだぞ」
「友達ですか、私と蒼さんみたいな関係ですね!」
俺とした事が、今の純粋な言葉にドキッときてしまったぜ……っていや、何でコイツ漫画見てるんだ?
「あのさ、場所を教えてくれない?」
「あっ!そうでしたね、場所でしたよね!」
そういうと、無の空間からメモ帳が飛び出してきて、少女の手元に吸い込まれる。
「汝が転移する事になるのは魔物達が跋扈しているパールザニアだ、世界の真理を解き明かし、くちあき?こうしゅん?蒼さんこれって何て読むんです?」
「またか、えーとどれどれ?"あいしゅう"だな」
「はい!哀愁漂うこの世界に希望の光を齎し英雄になる事は出来るだろうか……以上です!」
天使さんはやり切った感を出して本を閉じる。
「あんまり状況が分からなかったが、哀愁が漂うって崩壊してたりとかするのか?」
「いやぁまさかぁ、チート無しの人をそんな世界に放り投げたりはしませんよ」
だよな、俺みたいな普通な奴をそんな所に放り出すとか無理難題にも程があるよな。
そんな事を考えていると、どこからともなくカンカンとベルの様な音が聞こえてくる。
「あっ!次の方がすぐ来てしまいますので、パールザニアへ送りますからね」
「おお、色々とありがとな」
「仕事ですので、別にやりたくてやってる訳じゃないですけどね」
少女が懐から爆弾を爆発させる時に使用する様な、典型的で赤いボタンのついた物を取り出すと、それをポチッと押す。
そうすると足元の魔法陣が眩い光を放ち、視覚と聴覚が徐々に鈍くなる。
「いってらっしゃい!蒼河さん!」
少女が俺の目の前で微笑みながら言うが、視界が狭くなっていくのと比例するように、その表情がどんどん崩れていき。
「あ、あれ、まちが……」
最後に張り詰めた少女の声が聞こえた様な気がしたが、上手く聞き取れはしなかった。
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