第18話

 記念撮影と簡単なリハーサルを済ませてから、二人は結婚式に臨んだ。


 最初に新郎である由弦が入場。

 次に新婦である愛理沙が養父である直樹と共に、入場した。


 讃美歌斉唱、聖書朗読を終えてから、夫婦の誓約に移る。


「新郎、高瀬川由弦。あなたはここにいる雪城愛理沙を病める時も、健やかなるときも、富める時も、貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」


 牧師の問いに由弦は頷いた。

 そして声が緊張で震えないように、噛んだりしないように注意しながら答える。


「はい、誓います」


 続いて牧師は愛理沙に問いかける。


「新婦、雪城愛理沙。あなたはここにいる高瀬川由弦を病める時も、健やかなるときも、富める時も、貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」


「はい、誓います」


 愛理沙は小さく頷いて答えた。

 その声は少しだけ緊張で震えていた。

 由弦は愛理沙も自分と同じように緊張していることに、少しだけ安堵した。


「では、指輪の交換を」


牧師に促され、二人は指輪の交換に移った。

まず愛理沙は左手に嵌めているグローブを外し、介添人に手渡した。

それから二人は向き直る。

そしてまずは由弦が介添人から結婚指輪を受け取った。

 

「愛理沙、手を」

「はい」


 愛理沙のほっそりとした白い指に結婚指輪を通す。

 ただ、指輪を嵌めるだけ。

 それだけなのに由弦は酷く緊張した。


「では、由弦さんも」

「あぁ」


 由弦も手を愛理沙に差し出した。

 愛理沙は由弦の手を取ると、その指に結婚指輪を通した。

 ひんやりとした金属の感触を由弦は感じた。

 

 二人が無事に指輪の交換を終えたことを確認してから、牧師は式を進行させる。


「それでは……誓いのキスを」

「「……」」


 由弦は緊張で震える手で、愛理沙のベールを摘まんだ。

 そしてゆっくりとベールを挙げる。


「愛理沙」

「はい」

「愛してる」

「私も……愛しています」


 愛理沙はそう言って目を瞑った。

 由弦はそんな愛理沙に答えるように、その唇に自分の唇を軽く押し当てた。


 キスを終え、由弦はゆっくりと顔を離した。

 愛理沙の顔は真っ赤に染まっていた。

 愛理沙の翠色の瞳に映る由弦の顔も、赤くなっていた。


 これにて、結婚式は無事に終わった。




 結婚式は無事に終わった。

 この後は披露宴の時間だ。


 披露宴は高瀬川家次期当主の結婚式ということもあり、客の人数や料理・余興の質は高いが、通常の披露宴とそう大きく変わらない。


 ホストやゲストがスピーチをしたり、ケーキ入刀を行ったり、祝電の紹介などが行われた。

 中盤に差し掛かり、由弦と愛理沙はお色直しのために一度だけ退場した。


「愛理沙、疲れてない?」


 会場から出た後、由弦は愛理沙にそう尋ねた。

 愛理沙は苦笑しながら頷く。


「……少しだけ」


 その顔には僅かに疲れの色が見えた。

 まともに話したことがない人、見たことすらない人……。

 こういった場に慣れていない愛理沙が気疲れしてしまうのは無理もない。


「この後、挨拶回りがあるけど……疲れているなら、省略できる。どうする?」


 できれば、来てくれた人には一度、最低限の挨拶をしなければいけない。

 だが愛理沙の体調が悪いということであれば、由弦だけで回ることもできる。

 相手は良い思いをしないかもしれないが……

 花嫁ファースト、愛理沙の体調の方が大切だ。


「お気遣い、ありがとうございます」


 しかし由弦の提案に愛理沙はシャキッと背筋を伸ばした。


「あと少しの辛抱ですから。果たして見せます」


 愛理沙は気丈にそう言い切った。

 その顔には疲れもあったが、しかし同時に強い意志も感じられた。

 由弦のために、高瀬川家のために頑張ってくれているのだ。


「……ありがとう」


 由弦は思わず愛理沙に抱き着いた。


「え、あっ、ちょっと……」

 

 急に抱き着かれた愛理沙は頬を赤らめた。

 恥ずかしそうに藻掻く。


「ちょっと……ゆ、由弦さん! 誰かに見られるかもしれませんし、こ、こんなところでは……」

「埋め合わせは絶対にするから」

「は、はい。……ありがとうございます」


 愛理沙は赤らんだ顔で小さく頷いた。




 お色直しを済ませた由弦と愛理沙は再び会場に戻った。

 途中、余興や食事などを挟みつつも二人は会場に来てくれたゲストに挨拶をしていく。


 しかし慣れている由弦はともかく、愛理沙の方は明らかに疲れの色が見えて来た。


 もう一度、休憩を挟もうか。

 由弦がそんなことを考えていた時のことだった。


「やっほー、愛理沙ちゃん」


 そう言って愛理沙に声を掛けたのは、亜夜香だった。

 その隣には千春と天香もいる。

 三人とも由弦と愛理沙の友人として、またそれぞれの家の次期当主として結婚式・披露宴に出席していた。

 挨拶自体はとっくに済ませている。


「あ、亜夜香さん? あ、あの、ちょっと……」

「私たちと、ちょっと女子会しましょう」

「せっかくの機会だしね」


 三人はそう言って由弦のもとから愛理沙を拉致してしまった。

 愛理沙は困った表情をしながらも、満更でもない様子で連れていかれる。


「えーっと、あれは……」

「亜夜香たちが気を聞かせてくれたんだよ」


 由弦にそう答えたのは、佐竹……否、橘宗一郎だった。

 少し前に橘家に婿入りをした宗一郎は、亜夜香の夫という立場でこの会に出席していた。


「橘家と上西家、おまけだが凪梨家の次期当主に囲まれたら……抜け出せないのは仕方がないってことだな」


 宗一郎の隣にいた聖は笑って答えた。

 聖は良善寺の次期当主ではないが、由弦の友人だ。

 当然、この会に出席している。


「というわけで、俺たちも行くぞ」

「あー、いや、でも愛理沙が抜ける分……」

「バカ! 新郎だけだと、新婦の印象が悪いだろが。一緒に抜けちまった方がいいに決まっているだろ?」


 宗一郎と聖は強引に由弦の肩を組んだ。

 二人とも少し顔が赤い。

 どうやら酔っぱらっているらしい。


「お前らなぁ……」


 二人の図々しい態度に由弦は思わず笑う。

 酔っぱらって新郎にダル絡みする友人AとB。……そういう役回りを買ってくれているらしい。


「少しだけだぞ?」

「少しで返すと思うか?」

「お前ももっと飲め、ほら!」


 友人たちに勧められるまま、由弦は酒を飲み……

 思うのだった。


 やはり友情に変えられる物はないと。

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