第26話 体目当て


「由弦さん!」


 ポン、と愛理沙はボールを空に打ち上げた。

 同時に愛理沙の胸が上下に揺れる。


 集中力が途切れた由弦は自分に向かってきたボールを取り落としてしまった。


「あぁー、すまない、愛理沙」


 すまない、すまない。

 チョップをするような仕草で由弦は愛理沙に謝罪する。


 一方、愛理沙は怒った様子で眉を顰めた。


「由弦さん! 胸じゃなくてボールを見てください!」

「は、はい」


 バレていた。





 由弦と愛理沙は海の中でビーチボールを使って遊んでいた。

 水の深さは腰より少し上くらいだ。


 波打ち際だと、さすがに海で遊んでいる感じがしない。

 しかしあまり深いところでは危険――特に泳ぐのがあまり得意ではない愛理沙は――と判断した。


 さて、由弦はヘラヘラと謝りながら、落ちたボールを拾ってきた。

 そんな由弦に対しレ愛理沙は腰に手を当てながら、説教を始めた。


「全く、もう少し真面目に……というのは、まあ、おかしな話ですけれど……」


 真面目にボール遊びをしろ。

 というのは何だかおかしな話だと、愛理沙は自分で口にしてから言葉を濁す。


「由弦さんはボールで遊ぶより、私の胸を見る方が楽しいんですか?」


 ちゃんと一緒に遊んでよ。

 という意味を込めて愛理沙は由弦にそう言った。

 

 一方で由弦は思わず頬を掻く。


「そりゃあ……ボールよりも、愛理沙の方が好きなんだから当たり前じゃないか」

「なっ……」


 由弦の言葉に愛理沙は頬を赤らめた。

 愛理沙の方が好きだから。

 そう言われると愛理沙は由弦に強く言い返せなくなってしまう。


「い、言い直します。私と遊ぶよりも、私の胸を見る方が楽しいんですか!?」


 騙されませんからね?

 と言うように愛理沙は由弦にそう問い詰める。


 一方で由弦は腕を込み、考え込む。


「う、うーん……」

「い、いや、そんなに真剣に悩まなくても……」


 冗談半分だったのに……

 と、愛理沙は少し申し訳ない気持ちになる。


「両方が一緒に楽しめるから、最高なんじゃないかなと思うんだ」

「カツカレーじゃないんですから」

「今の返し、上手いね」


 由弦がそう言って笑うと、愛理沙は小さくため息をついた。


「やっぱり由弦さんは……私の体が目当てなんですね」

「い、いや、まさかそんな……」

「私の内面なんか、どうでも良くて、私の顔と体が好きなんですよね。そうですよね、私なんて……」

「愛理沙!」


 由弦は愛理沙の小さな肩を掴んだ。

 ビクっと愛理沙は体を震わせる。


「俺は君の……頑張り屋で、気配りができて、優しく、少し意地っ張りなところが好きだ。……君の体が魅力的なのは、まあ、否定はしないが、しかしそれは好きな人の体だから、そう感じるんだ」


 愛理沙の体が好きだから、愛理沙が好きなのではない。

 愛理沙が好きだから、愛理沙の体が好きなのだ。


 と、由弦はそう言った。

 一方で愛理沙は大きく目を見開き……


「ふっ……」


 小さく笑った。

 

「……愛理沙?」

「す、すみません。さっきのは……冗談です。ふふっ……」


 情熱的な言葉、ありがとうございます。

 笑いながら愛理沙に言われ……由弦はようやく気付く。


 揶揄われたのだ。


「あー、前言撤回する。もしかしたら君の体が好きなだけなのかもしれない」

「それはどっちにしろ、私のことが好きということですよね?」


 愛理沙はそう言いながら腕を組んでみせた。

 自然と胸が持ち上がり、強調される。


「い、いや……まあ、それはそうなんだけど……」


 由弦の視線は自然と愛理沙の胸に吸い寄せられる。

 これには逆らえない。


 しかしいい様に弄ばれている感じがして、由弦はあまり良い気分ではなかった。

 せめて意趣返しがしたい。


「そういう愛理沙は……どうかな?」

「……何がですか?」

「俺の体。まだ、感想を聞いてなかったなと」


 由弦は腕を腰に当て、愛理沙にそう尋ねた。 

 少しお腹に力を入れて、腹筋を浮かび上がらせる。


「え? えっと……大変、よい仕上がりだと思いますよ? 以前よりも、その……立派になっているように見えます」

「愛理沙は好きか?」

「ま、まあ、好きか嫌いかで言えば好きですが……」


 少し恥ずかしそうに愛理沙は視線を逸らした。

 そんな愛理沙の仕草に自信を付けた由弦は、愛理沙の白い手を取った。


 それを自分の胸板に持って行く。


「どう?」

「ど、どうって……」

「感想だよ」

「分厚い、ですね」


 愛理沙は由弦の胸板を軽く指で押しながらそう言った。

 自分の柔らかい胸とは全く異なる由弦の胸板に、少しは興味があるようだった。


「こっちはどうかな?」


 由弦は愛理沙の手を下げ、自分の腹部を触らせた。

 愛理沙は由弦に誘導されるまま、その細い指で由弦の腹筋をなぞる。


「硬い、ですね。凄い……」

「だろう?」

「私のとは全然違います……」


 そう言いながら愛理沙は由弦の顔を見上げた。

 気付くと愛理沙の顔は熱を帯びたように赤くなっていた。


「背中も……触っていいですか?」

 

 愛理沙はそう言いながら両手を大きく広げた。

 由弦は頷く。


「どうぞ」


 二人は正面から抱きしめ合った。

 愛理沙は腕を由弦の背面に回し、その背中を手のひらで撫でる。


「ここも凄く硬くて……ごつごつ、してますね」

「愛理沙は柔らかいね」


 二人は互いに抱きしめ合うことで、互いの体の違いを確かめ合う。

 

「愛理沙……」

「はい……」


 気付くと由弦は愛理沙の唇に自分の唇を近づけていた。

 愛理沙もそれを拒むことなく、受け入れる。


 唇と唇が軽く触れ合う。

 軽い接吻。

 普段ならばこれで終わりだ。

 

 しかし……


「んっ、ぁ……」


 愛理沙の唇から甘い吐息が漏れる。

 由弦の唇が、愛理沙の唇を軽く吸ったからだ。


 由弦は愛理沙の唇の形を確かめるように、自分の唇を動かす。

 愛理沙はその動きに対し、吐息を漏らす。


 それから由弦は舌で軽く愛理沙の唇を撫でる。

 すると愛理沙は一瞬、体を大きく震わせた。

 しかし由弦は愛理沙を強く抱きしめることで、愛理沙の抵抗を抑えつける。


 愛理沙の唇と、口内の境目。

 そこに舌を軽く出し入れする。

 そのたびに愛理沙はビクビクと体を震わせた。


「ん、はぁ……」


 由弦がゆっくりと唇を離す。

 愛理沙はどこか安堵したような、しかし惜しむような声を上げた。


「こ、今回は随分と……」


 愛理沙は自分の口元を手の甲で拭いながら、由弦を見上げる。


「情熱的、ですね」


 見つめているとも、睨んでいるとも取れる表情でそう言った。


「嫌だった?」


 由弦の問いに愛理沙は……

 

「……嫌では、ないです」


 恥ずかしそうにしながらも、しっかりとそう答えた。

 



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次は一週間以内に投稿できるはずなんで!!

ウソツカナイ!

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