第25話  日焼け止め

「そろそろ……塗ろうか」


 少し緊張しながら由弦がそう言うと、愛理沙は顔を赤らめながらも小さく頷いた。

 それから愛理沙は鞄の中からレジャーシートを取り出す。


「じゃあ、その……レジャーシート、敷きましょう」


 砂地にシートを敷き、その上にうつ伏せで横たわった。


「……むっ」


 思わず由弦は声を上げてしまった。

 愛理沙が素晴らしいプロポーションの持ち主であることは元々知っていたし、そして色っぽいビキニを身に纏うことで、その魅力が何倍にも引きあがっていたことは分かっていた。


 しかし由弦が先ほどまで見ていたのは、愛理沙の“正面”だけだ。


(……愛理沙はこれ、気付いているのか?)


 水着に収まっているとは言えない臀部に視線を向けながら、由弦は思った。

 白く大きなお尻に対して、水着がかなり窮屈そうに見えた。


「……由弦さん?」

「あぁー、いや、見惚れていただけだよ」


 愛理沙に声を掛けられ、由弦は慌てて視線を愛理沙の背中へと移す。

 何となく、見てはいけない物を見た気分になったからだ。


「も、もう……やめてくださいよ……」


 一方で愛理沙は恥ずかしそうにそう言った。

 気付いているのか、気付いていないのか、どちらかと言えば気付いてい無さそうだった。


 もし気付いているなら、もう少し隠そうとするだろう。


「と、とりあえず、もう初めていいかな?」


 早く済ませなければ理性が持ちそうにない。

 そう判断した由弦は愛理沙にそう提案した。


「あ……待ってください」

「……どうした?」

「えっと、その……」


 愛理沙は少し言い淀みながら、ゆっくりと手を自分の背中へと回した。

 そして首と背中の部分にある、紐を指で摘まんだ。


 ドクっと、由弦の体内の血流が早まった。


「よく、映画とかドラマでは……こうしてますよね?」


 そう言いながら愛理沙は紐を軽く引っ張った。

 紐が解ける。


「こ、こうした方が、由弦さんも……塗りやすいですよね?」

「そ、そう……だね」


 由弦は一応、同意の言葉を口にした。

 しかし本当は「あまり変わらないだろう」というのが本音だ。

 紐があろうと、なかろうと、愛理沙の白い背中の面積はそう変わらない。


 意味のない行為だ。


 しかし不思議なことに、由弦はとてもドキドキしてしまった。


「では……そ、その、由弦さん。あらためて……お願いします」

「ああ、分かった」


 由弦は頷き、手のひらに日焼け止めクリームを乗せてから、軽く伸ばす。

 そして目の前の婚約者……その肩に目を向けた。


 真っ白い、すべすべとした肌。

 それが太陽の下で無防備に晒されている。

 日焼けをすれば酷いことになってしまうだろう。


 この肌を守ることが由弦の使命……

 と、そう考えると何だか由弦は重大な責任を負っているような気がしてきた。


 適当には済ませられない。


 由弦は緊張しながら愛理沙の肩に手を置いた。


「ひゃん!」

「うわっ!」


 突然、愛理沙が妙に艶っぽい悲鳴を上げた。

 由弦の血流がさらに早くなる。


「ど、どうした?」

「す、すみません……冷たくてびっくりしました」

「そ、そうか……うん。次は一声掛けてからにしよう。……じゃあ、再開するから」

「はい」


 再び由弦は愛理沙の肩に触れた。

 ビクっと愛理沙は体を震わせる。


 愛理沙の肌はすべすべとしていて、出来物や腫れもののようなものは一切なかった。

 そのため由弦の手もスムーズに進む。


 肩から背中、背中から腰へと手を動かす。


 しかし……


「あっ……く、擽ったいです……」

「ご、ごめん」


 時折、愛理沙が艶っぽい声と共に、体を身動ぎさせる。

 そのたびに由弦の心臓は飛び跳ね、理性がゴリゴリと削られていく。


 そして同時に……ある疑念が由弦の中で浮かんだ。


「……あのさ、愛理沙」

「あン……何でしょうか?」

「もしかして、わざとやってる?」

「……何のことでしょうか?」


 返答までに僅かな間が合った。

 由弦は確信した。


 わざとだ。


(……まあ、言い出しっぺは愛理沙だし、ね)


 元からこうするつもりで由弦に塗ってくれと頼んだのだ。

 由弦は愛理沙の手のひらの上で踊っていたことになる。


 由弦としては、最愛の婚約者に踊らされるのは決して嫌ではない。

 しかし……

 踊らされたままというのは、婚約者としては少し癪に障った。


「いや、気のせいならそれでいいんだ」


 由弦はそう言いながら愛理沙の臀部へと、手を滑らせた。


「ひぅ……」

 

 突然の刺激からか、それともやはりわざとか……

 愛理沙が小さな声を漏らした。


「大丈夫か、愛理沙」

「は、はい。え、えっと……由弦さん」

「どうした?」

「そ、そこは自分で塗れますから……」


 愛理沙はそう言いながら自分の臀部へと、手を伸ばす。

 由弦はそんな愛理沙の手を優しく、しかしがっしりと掴んだ。


「遠慮しなくていい」

「い、いや、え、遠慮とかではなくて……」

「塗り残しがあったりしたら、大変だろう?」


 由弦はそう言いながら愛理沙の手を強引に下ろさせた。

 そしてそこそこ面積の広い臀部に、クリームを広げていく。


「変な日焼け痕とかができると、大変じゃないかと思うんだ」


 由弦はそう言いながら、指を水着の中に少しだけ潜らせながら、クリームを塗った。

 水着はズレることもある。

 きちんと塗らないと、変な痕が残ってしまう。


 ……というのが言い分だ。


「そ、そう……ですね」


 由弦の言い分に納得したのか、それとも諦めたのか、それとも……

 どのような理由にせよ、愛理沙は特に反論も抵抗もしなかった。


 それから太腿、内股にもクリームを塗る。

 気が付くと愛理沙の肌は少しだけ赤くなっていた。


「愛理沙」

「はい」

「塗り終わったよ」

「……そうですね」

「どうする?」

「どうする……とは?」

「前は……?」

「ま、前は……」


 愛理沙はしばらくの沈黙の後、答えた。


「お、お願い、できますか……?」


 愛理沙は流し目でそう答えた。


「わ、分かった。じゃ、じゃあ……えっと……」

「と、とりあえず、水着は着直します……」


 愛理沙はそう言って立ち上がった。

 由弦は慌てて背中を向けた。


「もう、大丈夫です」


 しっかりと水着を着直した愛理沙はそう答えた。

 由弦が振り向くと、背中を向けて座る愛理沙がいた。


 クリームによって艶やかに光る背中には、確かに赤い紐があった。


「……こっちを向いてくれないと、塗れないけど?」

「は、恥ずかしいので……その……」

「後ろから?」

「……はい」

「……分かった」


 由弦も愛理沙の顔を直視する自信はなかった。

 後ろから愛理沙へと近づく。

 前へとクリームを塗るために両手を広げると、愛理沙はそっと背中を後ろへと倒した。


 愛理沙の背中が由弦の胸板に触れた。

 自然と由弦は愛理沙を背後から抱きしめる形になる。


「まずは腕から」

「はい」


 肩から両掌まで、クリームを塗り、伸ばしていく。

 そして最後にギュッと、恋人繋ぎをするようにしてから、手のひらにも塗る。


「次はお腹」

「……はい」


 由弦は愛理沙のキュッと引き締まり、括れたお腹に手を回した。

 形の良い臍の上を通り、胸のすぐ下まで手を入れる。

 僅かに指が愛理沙の柔らかい膨らみに触れた。


「……次は首元だ」

「……」


 愛理沙の白い喉元、鎖骨に触れ……

 そして由弦の手が止まる。


「次は……」

「胸も、ちゃんと、塗ってください」


 どこか甘い声で愛理沙はそう言った。

 

「……変な日焼けの痕が残ったら、由弦さんの責任ですよ?」

「分かってるよ」


 由弦は愛理沙の胸に触れた。

 水着から露出している、その白い柔肌にクリームを伸ばしていく。


「谷間も……忘れないでください」


 言われるままにクリームを塗る。

 そこはほんのりと汗で湿っていた。


「下の部分も、念のために……お願いします」


 由弦は愛理沙の胸をほんの少し、下から持ち上げた。

 想像以上の重みがそれにはあった。


「……これで全部かな」

「由弦さん」

「……はい」

「ちゃんと……水着の中も、お願いします」

「……」


 由弦は少し沈黙してから……


「いいのか?」


 再度、愛理沙に問いかけた。

 すると愛理沙は由弦の方へと振り向いた。


 その顔は真っ赤に染まっていた。

 そして少しだけ、怒ったような口調で言った。


「さ、散々……私のお尻、触ったじゃないですか。……えっち」


 そう言うと愛理沙は少し立ち上がり……

 さらに後ろへ、由弦の足と足の間に、自分の臀部を置いた。


「……そういう君も、わざとだろう?」

「……知りま、んっ」


 由弦は愛理沙の唇を塞いだ。

 そして水着の中に手を差し込み、すばやくクリームを塗った。


 塗り終わるのと同時に、唇を離す。


「君が魅力的なのが、悪い」


 由弦は愛理沙にそう言った。

 愛理沙は惚けた表情を浮かべていたが……すぐに我に返った。


 そして眉を僅かに上げる。


「そう言えば、何でも許されると、思ってませんか?」

「……許してくれない?」

「……許してあげます」


 愛理沙はそう言って由弦に背中を預けた。

 由弦はそんな愛理沙を後ろから抱きしめる。


「……もっと、お願いします」

「分かった」

 

 



____________________________________



まだ「クリームを塗る」という大義名分がないと、際どいことはできない二人です。


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