第21話 婚約者へのご褒美

「……ご褒美のことです」


 


 愛理沙にそう言われた時、由弦は一瞬だけ思考が止まった。

 そしてゆっくりと、愛理沙の言葉の意味を咀嚼して……


「あ、あぁ……そのことか」

「そ、そうです」


 恥ずかしそうに愛理沙は頷いた。

 一方、由弦は頭を掻いた。


「てっきり、ダメなのかと……」

「……だ、ダメとは、言ってないです」


 確かに怒られはしたが、ダメとは言われていない。


「そ、それで……ど、どうしますか? い、いえ、別に今はそういう気分ではないというなら、それはそれでいいんですか……」


 チラチラと愛理沙は目を伏せたり、由弦の顔を見上げたりを繰り返す。

 正直なところ、そういうことをする気はなかったのだが……


 こういう可愛らしい仕草をされると、自然と欲求が膨らんできてしまうのが不思議なところだ。


「……逆にどこまでしていい?」

「え? そ、そうですね……」

「あ、いや……すまない。今のは無しだ」


 由弦はそう言って愛理沙の言葉を遮った。

 首を傾げる愛理沙に対し、由弦は少し考えてから再び尋ねた。


「君はして欲しいこと、ある?」

「……え? わ、私がですか!?」


 予想外の問いだったらしい。

 愛理沙は目を大きく見開いた。


「い、一応、由弦さんのご褒美というか……」

「君が嬉しければ、俺も嬉しい」


 愛理沙は「何をして欲しいか」を尋ねてくることは多々あるが、自分が「自分がして欲しいこと」を言うことは少ない。

 元々、自己主張をあまりしない性格からか、そもそもそんなにして欲しいことがないからかは分からないが……


 しかし愛理沙の希望を叶えることは重要だ。

 これを機にしてみるのが良いだろう。


「まあ、ないならないでいいんだが……」

「ま、待ってください。か、考えます……」


 愛理沙はうんうんと考え込んだ様子を見せてから……


「一つ、あります」


 やはりないことはないらしい。

 して欲しいことはないですと言われるのは由弦としても少しショッキングなので、これは喜ばしいことだ。


「何かな? 可能な限り、希望は叶える」


 由弦がそう言うと、愛理沙は少し恥ずかしそうにしながら希望を口にした。


「えっとですね……その……ハグをして欲しいんです」

「……ふむ?」


 ハグ。

 つまりお互いに抱きしめ合う行為だ。


 とはいえ、それくらいなら毎日……とは言わないが、それなりに何度もしている。


「まあ、君がそれで良いと言うならいいんだが……」

「ま、待ってください。その、普通のハグじゃないんです」

「ほう……?」


 そもそもハグ――抱きしめる行為――に種類があるという発想がなかった由弦は少しだけ困惑する。

 

「……後ろから、して欲しいんです」

「後ろから? ……背後からってことか?」

「は、はい」


 なるほど、愛理沙と抱きしめ合う時は、大抵は正面からだった。

 背面から抱きしめるようなことはしたことはない。


「それくらいなら、お安い御用だ」


 背後からも正面からも変わらないのでは?

 と由弦は思ってしまうが、しかし婚約者にとっては少し趣が違うらしい。


 何にせよ、愛理沙が嬉しいのであれば何でもよい。


「座ってする? 立ってする?」

「そうですね……じゃあ……立ってしましょう」


 愛理沙はそう言うと立ち上がった。

 そしてゆっくりと、背中を向けた。


 愛理沙の小さく、華奢な背中と肩が由弦の目の前に現れる。


「お、お願いし……あっ」


 愛理沙が言い切るよりも早く、由弦は後ろから抱擁した。

 ゆっくりと力を入れて、胸元に手を回し、愛理沙の体を引き寄せるように、同時に自分の体を愛理沙に密着させるように抱きしめる。


 すると、丁度自分の口元の近くに愛理沙の白い耳があった。


「愛理沙」


 由弦がそう囁くと、愛理沙の体が僅かに震えるのを感じた。


「は、はい……」

「好きだ。……愛してる」


 そう言ってから、愛理沙の耳に軽く接吻をする。

 すると愛理沙の体から力が抜けた。


 後ろへと、由弦の方へと体重を預けてきた。

 由弦はゆっくりと、愛理沙を座らせる。


 それから由弦は美しい髪に唇を落とす。

 次に頬、そして再び耳に軽くキスをする。


「こんな感じでいいかな?」

「……はい」


 こくりと、愛理沙は小さく頷いた。

 そんな愛理沙に由弦は再度問いかける。


「追加でして欲しいことは?」

「つ、追加……ですか」


 しばらくの沈黙。

 それからゆっくりと、愛理沙は天井を見上げるように、頭を逸らした。


 翡翠色の瞳の中に、由弦の顔が映る。


「……由弦さん」


 甘えるように。

 ねだるように。


 愛理沙は由弦の名前を呟いた。


 由弦はそんな愛理沙に対し、優しく、額に唇を落とした。


「んっ……」


 愛理沙が小さな声を上げる。

 喜びと、ほんの少しの不満が篭ったような声だ。


 由弦は思わず笑みを浮かべる。

 そして……


 不満の声を漏らした唇に、自分の唇を重ね合わせた。


 ビクっと愛理沙の体が震える。

 


 時間にして、十秒ほどし…… 

 由弦はゆっくりと、唇を離した。


 接吻を終えた後の愛理沙は、どこか夢心地の表情だった。

 焦点の合っていない瞳で、ぼんやりと由弦の顔を見上げている。


「これで良かったかな?」


 由弦は愛理沙にそう問いかけた。

 すると愛理沙は赤らんだ頬のまま……




 こくりと。



 小さく頷いた。

 


______________________________



本日、「お見合いしたくなかったので」のASMR(無料版)が公開されました。

URLは以下の通りで、YouTubeで視聴できます。

https://www.youtube.com/watch?v=lei6VZu6_Zo


愛理沙の声を担当してくださったのは、声優の貫井柚佳様です。


内容ですが、ハロウィンでお菓子を持ってこなかった由弦に対して愛理沙が悪戯するというような……そういう内容です。

具体的には目を瞑る由弦に対して、愛理沙が耳元で囁いたり、息を吹きかけたり……というような感じです。


無料で聴くことができますので、もし興味があれが一度聞いてみていただけると幸いです。


また、もし今回の無料版を聞いて面白いと思っていただけたら

24日発売(早売りを考慮にいれるとすでに売り出されているかも?)のお見合い3巻の購入をよろしくお願いします。


お見合い3巻を購入すると、今回の無料版とは異なった内容(由弦の家にお泊まりする愛理沙)のASMRを聞くことができます。


というわけでよろしくお願いします。

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