第14話 〇・〇一

 

 それはゴールデンウイーク三日前のこと。


「ありがとう、母さん。布団、届いたよ」


 由弦は実家から送られてきた布団が届いたことを、母――彩由――に報告していた。

 まさか婚約者を寝袋で寝かせるわけにもいかない。

 寝具一式を揃えておくのは当然のことだ。


 なお、ベッドと布団。

 どちらで愛理沙が眠るかについては後々の要相談だ。

 

『そう。無事に届いたようで良かった。……愛理沙さんを幻滅させないようにね。しっかしりなさいよ』

「分かっているよ」


 一週間に一度、家で過ごすのと……

 短期間とはいえ共に寝泊りするのでは大きく異なる。


 あまり気を抜き過ぎて、愛理沙に嫌われるような事態は避けなくてはいけない。


『ところで、ゴールデンウィーク中、ずっと家で過ごすつもり?』

「まさか。……ちゃんとデートにもいくつもりだよ」


 美術館や博物館など。

 あまりお金を掛けずとも楽しめるようなデートスポットはある。


 ……それに愛理沙に泳ぎを教える約束も、ゴールデンウィーク中に履行するつもりだった。


『それは良かったわ。……良い? 相手は女の子なんだから、ちゃんと気を使いなさいよ。見せたくないものだって、あるんだからね』

「分かっているよ」


 ちょっと心配のし過ぎではないか。

 いい加減、しつこいぞ。

 と、由弦が感じ始めたところで……


『ああ! そうだ!! ちゃんとコンドームは買った?』

「な、何を言い出すんだ!!」


 母親からの急な言葉に、由弦は思わず上擦った声を上げた。

 

『何って。避妊具の用意よ。まさか、用意してないの?』

「……そんなことをするつもりはない」


 思春期の息子としては、あまり母親に性事情を突っ込まれたくない。

 が、しかし彩由は心配らしい。


『分からないじゃない。何かの弾みというのは、考えられるわ』

「息子の下半身を信用して欲しいんだが……」

『信用したくても、信用しちゃいけないのが親なの』

「……」


 由弦は反論を試みようと思ったが、どんな反論をしたところで彩由からの疑いが晴れる気がしなかった。


『薬局で買えるから。もしもの時のために、ちゃんと用意しておきなさい。用意したからといって、別に損することはないんだから。お金がないって言うなら、生活費に含めてあげる』


「い、いや……良いよ。自分の金で買うから」


 用意したからといって損することは何もない。

 と言われるとそれはその通りなので、由弦は素直に従うことにした。


 さすがに避妊具代を親に出してもらうのは嫌だったが。


『ああ、そうそう……』

「……まだあるのか?」

『コンドームの避妊率は百パーセントじゃないからね』

「……知ってるよ。破れることもあるんだろう?」

『知っているなら良かったわ。……良い? 破れたら、おかしいと思ったら恥ずかしがらずに、電話するのよ! 絶対よ! すぐなら後ピルが間に合うから!! いい!?』

「分かった……分かったから……いや、しないけどさ」


 非常に気まずい気持ちになりながらも、由弦は電話を切った。








「由弦さん……由弦さん?」

「……え? あぁ、ごめん。ちょっと考え事を」


 と、そんな三日前の母親との会話を思い出していた由弦は、愛理沙に声を掛けられて我に返った。


 今日はゴールデンウィークの初日だ。

 初日ということもあり、特にデートとかにはいかず、ゲームなどをして落ち着いて過ごすことになった。


 そして今は丁度、夕食を食べ終えた後だ。


「……何の話だっけ?」

「お風呂、どちらが先に入りますか? という話です」

「あぁ……うん、そうだったね。……俺は特に希望はないかな」

「そうですか。……では家主の由弦さんが、お先にどうぞ」

「じゃあ、お言葉に甘えることにするよ」


 お風呂の順番で話し合う意味は薄い。

 由弦は素直に先に入ることにして、立ち上がる。


「……そうだ、由弦さん。どれくらい、掛かります?」

「まあ……三十分掛からないくらいかな。早めに出た方が良いか?」


 由弦がそう尋ねると、愛理沙は首を左右に振った。


「いいえ。……ごゆっくり、どうぞ」


 一瞬だけ、愛理沙の瞳が揺れ動いたような気がした。

 が、しかしそれは由弦の気のせいだったようで、愛理沙は落ち着いた、クールな表情を維持したままだった。


 少しだけ引っかかりを覚えながらも、由弦は浴室へと向かうのだった。

 そんな由弦の背中を、翡翠色の瞳が静かに見送った。






 由弦が浴室に消えたのを確認してから……

 愛理沙は周囲をキョロキョロと見渡した。


 それから由弦のベッドまで向かい……

 試しにベッドの下を覗いてみる。


「……まあ、こんな古典的なところにはないですよね」


 どこかホッとするように、愛理沙はため息をついた。

 そして友人たちに言われたことを思い出す。


 ――せっかくだし、ゆづるんが持ってるエッチな本を捜索してきてよ――

 ――パソコンの中にあるかもしれませんね――

 ――あの高瀬川君がそういうものを見ているのはあまり想像できないけど……だからこそ、気になるわね――


 由弦さんに限って、そんなものを持っている、見ているはずがない。

 友人たちに対してはそう主張した愛理沙だが……やはり気になる。


「持ってない……ということは、やっぱりないですよね」


 由弦が決して品行方正で清純な紳士ではないことは、愛理沙もよく分かっている。

 例え冗談だとしても“金髪の巨乳の女の子が良い”などと言うような男だ。


 きっと持っている。

 

「やっぱり、ネットかなぁ……」


 愛理沙は由弦のパソコンへと、視線を向けた。

 しかし無断でインターネットの検索履歴を調べるような真似はできない。


「ううん……気になる」


 しかし家中を家探しするわけにもいかない。

 さすがにそれは由弦のプライバシーの侵害になる。


 なので家探ししない程度に、じっくりと家の中を観察する。

 ……そしてふと、薬箱が目についた。


 薬箱そのものは別におかしくはない。

 が、箱からビニール袋の一部がはみ出ていた。


「由弦さんは……相変わらず、ずぼらですね……」


 買ってきた薬を、ビニール袋に入れたままそのまま箱に放り込んだのだろう。

 最近はまともに掃除をするようにはなってきたが、しかし要所要所ではこういう荒が目立つ。

 人はそう簡単には変われないようだ。


 由弦は気にならないのかもしれないが、几帳面な性格をしている愛理沙にとっては、こういう些細なとことはどうしても目につく。

 そして一度、目につくとどうしても気になってしまう。


「……もう」


 愛理沙は立ち上がり、薬箱を開けた。

 そしてビニール袋から中身を取り出す。


「……〇・〇一? 何だろ、これ」


 首を傾げ、箱の裏側を確認した。





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