第10話 変わらないもの

 さて、少し世間話をしながらお茶を飲んでいると……

 別の訪問者が障子を開けて現れた。


「お久しぶりですな。由弦殿」


 顎に白い髭を蓄えた、小柄な老人だった。

 着物を着ており、足が悪いのか杖を突いている。

 眼光だけが非常に鋭い。


 良善寺清(りょうぜんじ きよし)。

 “良善寺”という組織の現在の会長である。


「これは良善寺さん。お久しぶりです」


 足が悪い老人にご足労してもらったことに悪いなと思いつつ、由弦が立ち上がろうとすると彼は首を横に振った。


「いいや、結構。そのまま座ったままでいてくだされ」


 と、気付くと清の側に駆け寄った聖の手を借りて、彼は座布団にドスんと腰を下ろした。

 そしてギロっとした視線を愛理沙に向ける。

 愛理沙は背筋を伸ばした。


「初めまして。聖君のクラスメイトの雪城愛理沙と申します。本日はお招きくださり、ありがとうございます」

「ふむふむ……雪城愛理沙。そうか、あなたが由弦殿の婚約者の」

「あ、はい。そうです。……由弦さんの、婚約者です」

 

 そう言って気恥ずかしそうに愛理沙は頬を僅かに赤らめた。

 そんな愛理沙の仕草を見て、清は僅かに笑みを浮かべた。


「フハハハハ、随分と可愛らしいお嬢さんですな。由弦殿」

「はい。僕には勿体ないほどの女性です」


 そう言って由弦は愛理沙の手をギュッと握って見せた。 

 一方の愛理沙は「ちょ、ちょっと……」と戸惑いの声を上げる。


 そんな仲睦まじい様子に、清は目を細めた。


「結構、結構。……いや、しかし高瀬川のご老公が羨ましい。うちの孫も、早く恋人の一人二人くらい作って安心させて欲しいものですな」

「二人も作ったらダメでしょう……」


 清の言葉に、聖は冷静に突っ込みを入れた。

 清はそんな孫を無視し、改めて愛理沙に視線を移した。


「将来の高瀬川夫人に対しては、本来ならば儂の方からご挨拶に出向くのが筋というもの。……新年には改めてご挨拶に行かせていただく」


「え、いや、そんな……」


 一方で愛理沙は少し困惑の表情を浮かべた。

 自分よりも遥かに年配。

 それも良善寺という一族、組織のトップが自分に対して遜った態度を示しているのだから当然だろう。


 年功序列的に考えて、愛理沙が遜ることはあっても、目の前の老人が遜ることはあり得ない。


(……これはどう答えるのが正解なのかしら?)


 一般的な価値観で言えば愛理沙の方が“下座”なのだから、愛理沙は遜るべきだ。

 しかし……ここでそのような一般的な価値観は通用するのだろうか?


(私は……由弦さんの婚約者で、えっと……高瀬川の方が良善寺より上、らしいし……私が下手に遜ると、もしかして由弦さんの立場が……)


 一瞬のうちにそんな懸念、不安が脳裏を過る。

 しかしいつまでの何も答えないというわけにはいかない。


「はい。新年には……私も父と共に高瀬川さんの下に、ご挨拶に伺う所存です。その時に改めてお会いできれば幸いです」


 愛理沙がはっきりとした声でそう答えると、清は小さく「ふむ」と頷いた。


「……結構。その時を楽しみにしていましょう」


 その言葉にはどこか愉快そうな感情が込められていた。

 一方で由弦は眉を顰めた。


「良善寺さん。……あまり人の婚約者を困らせるような真似は止していただきたい」

「会長。……年配者が若い女の子にそのような悪戯をするのは、少々大人げないと思いますよ」


 聖もまた強い口調で清を責めた。

 すると清はわざとらしく、髭に触れた。


「はてさて、何のことやら……」


 そういって恍けた調子で首を傾げた。

 さすがにここまでされれば愛理沙も気付く。


 試されたのだ。

 今更ながら、緊張で愛理沙の心臓が激しく鳴った。  

 

「いや、しかし申し訳ない。生憎、倅ともう一人の孫は出払っておりましてな。まあ……しかし新年、お会いできるのであれば問題はありますまい」


 誤魔化すようにそう言うと、清は真っ直ぐ由弦を見つめる。


「いや、しかし……時の流れは早いものだ。和弥(かずや)殿と彩由(さゆり)さんのご成婚をお祝いしたのが、つい昨日のように思える。その二人の子が、もう婚約者を持ち……数年後には家庭を持つことになるとは。通りで儂も老いるわけですな」


 どこか懐かしむような口調でそう言った。

 しかしその眼光はギラギラと、光り続けている。


「ここ数十年の変化は本当に早い。様々なことが目まぐるしく変わる。良善寺も、高瀬川も。例えば、そう、高瀬川と上西の後継者が同じ学び舎で学ぶなど、かつては考えられぬことであった」


 しみじみと、昔を懐かしむように。

 そして時の変化に驚嘆と寂しさを感じているかのように。


「しかし変わらぬ物もある。……そう、例えば友情だ。金の切れ目は縁の切れ目。だからこそ、金では変わらぬ強固な友情には価値がある。そうは思いませんかな?」


 それは奇しくも、和弥が由弦に言った言葉と同じだった。

 しかしこれは驚くべきことではないだろう。

 おそらくそれは由弦の曽祖父が口にしていた言葉で、それが高瀬川と良善寺の双方に受け継がれているというだけの話なのだから。


「はい。……父もそう申していました。そして僕も同様に、そう思います。聖とは、聖君とは、今後も個人的に友人として仲良くしていきたいと思っています」


 由弦の返答に、清は満足そうに頷いた。


「ほう、和弥殿も同じことを。それは素晴らしい。今後、高瀬川と良善寺の関係がどのように変わったとしても孫たち・・・と、末永く友人でいただけると、この老い耄れとしては安心です」


 今まで通り、聖たちとは仲良く、対等・・で仲の良い友人・・同士でいて欲しい。

 そんなことを頼む清に対して、由弦は大きく頷いた。

 

 そして僅かな思案の後、落ち着いた声で、柔らかい笑みを浮かべた。


「勿論。良善寺は高瀬川の盟友。それは僕の代になっても変わりません。我が曽祖父の意志はしっかりと、変わらず引き継いで行こうと思います」


 高瀬川と良善寺の上下関係は今後も変わらない。

 はっきりとそう返したのだった。




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愛理沙ちゃんの不安度:20%




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それと最近、短編をいくつか書かせて頂きました。

詳しくは近況ノートで。

https://kakuyomu.jp/users/sakuragisakura/news/16816452218680897672

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