第9話 良善寺家

 良善寺聖のご自宅である、良善寺邸は小高い山の上に立っていた。

 山そのものが彼の家の私有地である。


 山の周囲には有刺鉄線が張り巡らされているため、唯一の出入り口は正面入り口に続く長い石畳の階段だけだ。


 その階段を上ると、まるで山門のような大きな門が待ち受けている。

 

「わぁ……何と言うか、由弦さんのお家に少し似ていますね」

「あなたの婚約者の家ほどは広くないし、大勢住んでいるからな。あまり期待しないでくれ」


 愛理沙の感想に対し、聖は苦笑して答えた。

 なお、良善寺邸と高瀬川邸が似ていることは決して偶然ではない。

 というのも良善寺邸を建てた聖の曾祖父が、高瀬川邸に似せて作ったからである。


 それから聖を先頭に、由弦たちは外門……のすぐ横の小さな出入口を通り中に入った。


 すると黒服にスキンヘッド、サングラスのいかにもという姿の男が待ち構えていた。

 男は聖に対し、軽く頭を下げる。


「おかえりなさいませ。後ろの方は高瀬川さんと……」


 サングラス越しに男は由弦と愛理沙を捉えた。

 愛理沙は少し怯えた様子で由弦の服の袖を掴んだ。


「高瀬川由弦さんと、その婚約者である雪城愛理沙さんだ」

「なるほど。……これは失礼しました」


 深々と男は頭を下げた。

 一方聖は小さく頷くと、由弦と愛理沙へと振り返った。


「じゃあ、来てくれ」

「ああ」

「は、はい」


 聖の先導に従い、由弦と愛理沙も屋敷の中へと入る。

 中に入ると高瀬川邸と良善寺邸の大きな違いがはっきりと分かる。


 中にいる人間の数が違うのだ。


 高瀬川邸は高瀬川家の人間と、最低限の使用人しかいない。

 一方で良善寺邸には数多くの人――それも人相が悪い――が勤務していた。


「……結構、本格的なんですね」


 何とも言えない感想を愛理沙が漏らした。

 一方由弦はそんな愛理沙の手をしっかりと、握ってあげた。


 さて、聖はしばらく屋敷の中を歩くと、そのうちの一つの障子を開けた。

 そこは格式の高そうな和室だった。


「ここが客間だ。まあ、寛いでくれ」


 言われるままに由弦と愛理沙は和室に入り、座布団に座った。

 聖はそんな二人に向かい合うように座った。


 しばらくするとやはり黒服の男がお茶と和菓子を持ってきた。


 由弦が湯呑を手に取ってお茶を飲むと、愛理沙もおずおずとお茶を口にした。


「由弦がこうして来るのは何年ぶりだったっけ?」

「うーん、小学生の時以来じゃないか?」


 中学生になってからは友人の家に行って遊ぶということはなくなった。

 段々と喫茶店やファミレスなどで、ゲームや勉強をすることが増えていったからだ。


「久しぶりに来てどうだ?」

「相変わらずだなと……いや、変わったところもあるが」

「へぇ、どの辺りだ?」

「……外国人、増えたか?」

「鋭いな」


 どうやら良善寺邸にはグローバル化の波が押し寄せているようだった。

 さて、場が少し温まった(?)ところで愛理沙が口を開いた。


「高瀬川さんと良善寺さんはどのような関係なんですか? ……結びつきが強いという話は聞いたことがありますが」


 勿論、ここで言う「高瀬川さん」と「良善寺さん」は由弦と聖ではなく、お家同士の話だ。

 高瀬川家に嫁入りする愛理沙としては、否、それ以前にこのような「いかにも」な家と、高瀬川家の関係が気になるのは当然のことだろう。


 さて、その質問に対して由弦と聖は視線を合わせた。

 それから聖が口を開く。


「うちと高瀬川家との関係は、ひい爺さんの時からだ。……戦後の混乱期、ひい爺さんは自警団みたいなものを組織していてな。最初は高瀬川家に用心棒の依頼を受けたのが始まりだと聞いている」


 それからズルズルと関係が続き……

 今に至るというわけである。


「まあ、見ての通りうちの会社は多角化企業でな。いろいろ手広くやらせて貰っている。……愛理沙さんと由弦がデートをしていた、総合娯楽施設もうちの系列だ」


「へぇ……意外に真っ当な商売をしているんですね」


 ぽつりと愛理沙が呟く。

 それに対し聖が苦笑する。


「……真っ当じゃなかったら捕まるからな」

「……それもそうですね」


 空気が少し微妙になったところで、由弦が口を挟む。


「デートと言えば、天香さんとお前もデートをしていたわけだが」

「やめてくれ、デートなんて」


 聖はそう言って眉を顰めた。

 どうやら彼女との関係についてあれこれ言われるのは、あまり嬉しくないようだ。


 しかしそんな態度を取られると気になるのが人の性である。


「男子と女子が二人きりで遊んでいたら、それはデートと一般的に言うと思うんだが……デートじゃないなら、何だって言うんだ?」

「……調査だな」

「……調査? 何のだ」

 

 由弦は首を傾げた。

 すると聖は由弦を引き寄せ、そっと耳打ちした。


「絶対に言うなよ?」

「何だよ」

「……出るらしいんだよ。あれが」

「……あれ?」

「愛理沙さんが苦手なやつだ」

「あぁ……」


 つまりお化けである。

 と、そこで由弦はぎょっとする。


「え、マジ?」

「さあ? 俺は見たわけではないし。信じてないしな。……うちの爺さんがぴんぴんしてる時点で祟りとかないだろ」

「確かに」

「ただ……天香のやつは霊感強いらしいから、見てもらったと……そういう感じだ」


 なるほどなと、由弦は頷く。

 凪梨天香のご実家は、そこそこ有名な宗教法人である。

 霊感が強いと言われると、納得する。


 尚、もう一人のスピリチュアル系女子と言えば上西千春がいる。

 が、しかし彼女は、上西家は世俗に塗れたファッション宗教家である。

 

 真面目に宗教をやっている天香の方が、そういうことには頼りになるだろう。


「え、どうしたんですか? 何の話ですか?」


 一方で蚊帳の外にされた愛理沙は首を傾げた。

 由弦と聖は顔を合わせる。


「いや、何でもないよ」

「大したことじゃない」


 お化けが出ると聞いたら二度と愛理沙は、あの娯楽施設に由弦とデートに行ってくれないだろう。

 そして聖としても顧客が減るのは喜ばしいことではない。


 故に二人はこのことについては隠し通すことにした。


 愛理沙は不思議そうにはしていたが、幸いにもしつこく聞いてくることはなかった。



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